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=会長(上杉光弘君)=
ただいまから憲法調査会を開会いたします。
 日本国憲法に関する調査を議題といたします。
 本日は、「平和主義と安全保障」のうち、「憲法と集団安全保障、集団的自衛権、日米安保」について、関西学院大学法学部教授の豊下楢彦参考人、法政大学人間環境学部教授の本間浩参考人及び拓殖大学国際開発学部教授の森本敏参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
 忌憚のない御意見を賜り、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、豊下参考人、本間参考人、森本参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人、委員とも、御発言は着席のままで結構でございます。

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       〔省 略〕
    ─────────────

=会長(上杉光弘君)=
松井孝治君。

○松井孝治君
民主党の松井孝治でございます。
 三人の先生方、大変興味深いお話をありがとうございました。
 まず、基本的なことを伺いたいと思いますが、豊下参考人と本間参考人に伺いたいんですが、現在の自衛隊の存在あるいはその活動実態を踏まえて、これは森本参考人は既に御発言がございましたが、憲法第九条第二項というものと現実の自衛隊の存在及び活動というのは整合的であると考えられますか。あるいは、質問を変えれば、憲法第九条二項違反の実態が現実に起こっているとは考えられませんか。

=会長(上杉光弘君)=
御三方ですか。

=松井孝治君=
いや、豊下参考人と本間参考人です。

○参考人(豊下楢彦君)
自衛隊がいわゆる合憲か違憲かという議論でございますけれども、私は、いわゆる芦田修正によって解釈としては合憲という解釈が取れるかもしれませんけれども、私は、先ほども出ておりましたように、疑義を残さないために、個別的自衛権ということのために軍隊を持つというふうな修正はあってもいいと思いますけれども。その際は、前提条件として、それこそ侵略戦争をやらないとか、核を含めた大量破壊兵器を持たないとか、非常に明確な歯止めを持った憲法を定める必要があるんじゃないかと。

 その際に、じゃ集団的自衛権をどうするかと。先ほど言いましたように、集団的自衛権の根拠、リアリティーというものは私はなくなっているという判断ですから、それは必要ないということでございます。

=参考人(本間浩君)=
私、これまで申し上げたところに沿ってお話ししますと、現実的な選択として、自衛隊の存在は、これは合憲と認めざるを得ないんだと思います。ただし、その意味は、あくまでも暫定的なものでありまして、将来はやはりこの自衛隊の、現在の自衛隊の在り方ということを変えていかなければならないと思います。

 しかし、武力のない、武装をしない、そういう国家の存立というのがあり得るのかということになりますと、これまでの経験からすると、これはまあ一種の理想論であると。で、理想論はそれなりの社会的効用、歴史的効用を持つわけですけれども、しかし現実においては、なお問題を抱えざるを得ない。

 そうすると、自衛隊の存在ということを合憲と見ざるを得ない、今の段階では合憲と見ざるを得ない。その際に、今、豊下参考人からお話がありましたように、この自衛隊の、何といいますか、内的に増殖していこうとするその力をどうやって歯止め掛けるか、こういう問題についてもっと真剣に考えざるを得ないと思います。

 先ほど私、時間が足りなくてお話を切ってしまったわけですけれども、私が理解する平和主義ということについて、この自衛隊の問題と関連しますので、ちょっとお話しさせていただきたいと思います。

 私は、平和主義というのは、国際紛争を解決する手段として武力を行使しないということだけを平和主義というのではないと思います。それは、憲法の前文に、全世界の国民が、平和のうちに生存する権利がある、権利を有するんだと、それから、平和を維持しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいんだと、こういうことが述べられているわけですけれども、これを具体化する一つの方法として軍縮の呼び掛けということを日本そして国会、この国会から打ち出していく、発信していく、要するにその呼び掛けを法規範化していく。その法規範化ということが、これは対外的な政策に絡む問題でもありますが、もう一つは自衛隊の増殖に対する歯止めになっていく、そういう条件が整えられたときには自衛隊の活動ということにもっと積極的に合憲というふうに認めることができると思います。
以上です。

=松井孝治君=
今の本間参考人の合憲であるというところは、ちょっと、どこをどう読んで今のようなお考えで合憲とされているのかやや不明なところがありましたが、ちょっと質疑の時間も限られておりますので、森本参考人にお伺いをしたいわけでありますが、今までの質疑の中でも、これは集団的自衛権という概念が意味があるかどうかというのはいろいろ議論があって、意味のないという御意見が多かったように思いますけれども、自衛権、いずれにしても自衛権の行使というのは、これは主権国家が自然権としてという表現がいいかどうかは別として、持っているということは、私自身はそう思いますし、森本参考人もそのような御意見であろうと思いますが、この自衛権の行使の範囲というものをどこで歯止めを掛けるのかというところが今の我々の国会の議論でも欠如をしているのではないかなと思っております。

 その際に、先ほど森本参考人から最後の四番目の項目でも御提言がございましたが、森本参考人としては、自衛権、日本が持つ、主権国家としての日本が持つ自衛権の範囲をどのように主体的に判断するのかというのは、基本的に法律の制定によるものだとお考えなのか、それともその法律の制定のみならず、例えば最後の項目でおっしゃったような国益の在り方というようなものをもっと国会において議論をし、その総意の反映としての法律を制定すべきだと考えられるのか、これはまず一義的に、森本参考人に自衛権の行使の範囲をどこでどう確定すべきかについての御意見をいただきたいと思います。

=参考人(森本敏君)=
結論だけを申し上げると、私は、国家の自衛権を行使するに必要な手段としての国家の防衛力に歯止めあるいは制約要因を法的に掛けることには反対です。いかなる国であれ、日本以外の他の国でその国が持っておる国軍というか軍隊に活動の範囲について歯止めを掛けている国はないと私は思います。軍隊とはそういうものではないと思います。それは法的にという意味です。

 どのような活動をさせるかということについては、そのとき国家が国益に照らして認知をする。例えば、その国の指導者がその国の部隊指揮官にどういう活動をしろ、どういう任務を与えると言って、それを、時の政権がそれを認可するという活動によって行われるのであって、法的に自衛権が行使される範囲や自衛権そのものに歯止めを掛けたり制約要因を掛けるというのは、これは国家の防衛力が独り歩きするという国民の自信のなさを示すものであって、国家とはそういうものではないと思います。

 本来、軍隊の活動を議論するのは民主主義国家の中で責任を持たされている指導者であり、その軍隊に与えた作戦計画あるいは任務がおかしければそれは立法府の中で審議されるべきものであって、しかしながら、法律の中で明文で初めから歯止めを掛けるというようなことを武装集団である国家が防衛力に課すというのは、そもそも自然権の行使の中で初めから手足を縛って軍隊を持っているようなもので、それは私はあってはならないのではないかと、かように考えます。

=松井孝治君=
そうすると、従来の政府解釈は、国際法上、我が国は当然集団的自衛権、自衛権を持っている、しかしながら、国家権力の行使の在り方として、日本国憲法は集団的自衛権の行使を認めていないという解釈を取っているわけですが、これはおよそ、今おっしゃった法律による自衛権のコントロールを憲法という一番基本法たる法典によってしているというこの限界、現在の政府解釈はおよそ森本参考人としては適切とは思われないという御意見になるでしょうか。

=参考人(森本敏君)=
現在の有権解釈が、先ほど申し上げましたように、自衛権というものを認めながらその自衛権の一部を行使できないと考えていること自体は国として不合理である、かように考えます。

=松井孝治君=
本間参考人と豊下参考人にも、今、森本参考人にお伺いした質問と基本的に同義の質問をしたいと思いますが、自衛権を国が持っている、その制約の在り方について、両参考人はそれぞれどのような形で、両参考人それぞれの違う言葉で使われましたが、主体的判断をするあるいは歯止めをする、それはどういう形でそれを主体的に判断するのが適切と考えられるかについて、時間もありませんので簡潔にお答えいただければ有り難いと思います。

=参考人(豊下楢彦君)=
その問題は、日本の場合に非常に難しいことは、NATOなどと違いましてアメリカとの二国間同盟であるという問題、それから参考資料にも載せておきましたけれども、極東条項というものを持っている。この極東条項はほかの同盟条約にない極めて特異なものであって、平和と安全のためという極めてあいまいな概念でもって作動できるような条項でございます。

 そうしますと、そもそもが武力攻撃の発生という五十一条の前提を欠いたものが極東条項であり、また周辺事態も同じような概念だと思うんですね。したがって、歯止めを掛けるといった場合に、二国間の中で極めて日本は弱い立場にあると。だから、先ほど申しましたように、小渕首相の日米安保の本旨からして拒否はあり得ないというふうな、そのような条解になっている。したがって、よほど私は歯止めが必要じゃないか。

 その場合に、先ほど言いましたように、言葉の表現としまして、やっぱり集団的自衛権という概念を自明のごとくやはり使うべきじゃないと思うんですね。アメリカ的あるいはイスラエル的自衛権に日本がどうかかわっていくのかどうかというそこのレベルで問題を考えるとなりますと、もっともっと違った形で問題が見えてくるのじゃないかというふうに思います。

=参考人(本間浩君)=
先ほど森本参考人から、自衛権について自ら制約するということについていかがなものかという御意見が述べられました。これこそ自衛権でありますから、その権利の使い方というのはそれぞれの国の国内政策によるわけでありまして、日本は第二次世界大戦という経験を経ているわけですから、それに基づいた国内政策の取り方というのはあるんだと思います。

 ちなみに、一九五五年に締結されました、これはヨーロッパの連合国でありますけれども、オーストリア再建条約といいますか、いわゆる通称国家条約ですけれども、この国家条約の十三条というところを見ますと、オーストリア軍は次の武器、これは武器の制限という形で制限を置いているわけですけれども、次のものの保有、製造、実験を行ってはならないということを決めておりまして、その中には、原子力兵器とか大量破壊兵器、誘導ミサイル、それから水雷、魚雷の類、それから潜水艦、それから三十キロ以上の射程の銃、それと毒ガス、生物兵器と、こういうものをオーストリア軍は持たないんだと、こういうことを定めているわけですね。これも一種の自衛権行使の制約の在り方だと思います。
 これは、ただ、条約という多国間の合意の中で制約を求められているということでありますから、自ら自衛権の行使の仕方を制約しているというのとちょっと違うと言えば言えますけれども、法律によって武力行使の仕方に制約を置いている一つの例かと思います。
以上です。

=松井孝治君=
森本参考人に、今の本間参考人、豊下参考人の御意見も踏まえて、やはり法律による、法律は国家意思の一つの反映ですから、それは不断に見直しをして作り替えればいいという考え方はあると思うんですが、それでもやはり森本参考人としては、基本的に、自衛権の行使の在り方については、法律による規制を求めずに、むしろ政府が弾力的にその時々の政府の判断で判断あるいは自らの歯止めを課すべきだというふうにお考えでしょうか。

=参考人(森本敏君)=
我が国の自衛権の行使に歯止めや制約を掛けるべきでないとの趣旨を申し上げましたが、無制限で何でもできるということを申し上げたのではなく、自衛権ですから、当然国際法上、自衛権を行使するとはいかなるものであるかということについての一般的な常識というのはあるんだろうと思います。

 さらに、日本は、自衛権を行使する際、三要件というものを明らかにし、これは法律には書いてありませんが、政府が従来から明らかにしている自衛権行使の、自衛権発動の三要件というものは明文で明示してあるわけでありまして、そういう制約、つまりそういった要件を満たす限り、自衛権を行使する際、法律の中で別途の歯止めは要らないとの趣旨を申し上げたのは、そのときの国益は時代とそのとき国家の置かれた状況によって変化するわけで、その変化する国際情勢の中でその時々の国益をどのように判断をし、それを立法府で政府が説明をし、立法府でこれが認可され、したがって、その認可される範囲の中で自衛隊の海外活動にある一種の任務を与えてこの国益を追求するというときに、自衛権を行使する範囲を、例えば、例えば余り例は良くないのですが、北欧には行くべきでないとか、あるいは中東湾岸だけが限界だとか、あるいはこれこれの兵器を持っていくのは限界を超えるとか、あるいはそういった個別具体的な範囲といいますか制約要件を法律の中で書き込む必要はない、そのときの国益を自ら判断し、立法府が審議を行い、政府が責任を負い、責任を持ってこれを実行するということで十分であるという趣旨を申し述べたわけでございます。

=松井孝治君=
分かりました。
 法律によってあらかじめ外形的に決めるというよりは、この最後の御提案の(5)の国益委員会のようなところで政府方針を議論をして、そこで個々具体的に制約の在り方については考えるべきだと、そのように解釈してよろしいですね。もう答弁は結構です。

 最後に、もう時間もなくなりましたので、森本参考人に伺いたいんですけれども、アナン事務総長も来られて国会演説をされました。テロリズムというものが従来の主権国家による安全の侵害ということ以外の平和への脅威として非常に大きな問題になっている、あるいは大量破壊兵器など、従来の国連憲章などが想定していた主権国家の平和、安全への脅威以外のもっと急迫な大規模な侵害がある中で、正に先ほどから参考人の皆様方からありましたような予防戦争論、あるいは自衛権の拡大解釈というようなものは国際的に大きな問題になっていると思うんですが、森本参考人はアメリカのイラク攻撃の正当性はそういう国際的な環境の変化によって正当化されるんだというふうにお考えなのかどうか、その辺りを御意見をいただきたいと思います。

=参考人(森本敏君)=
イラク戦争の大義を、大義という言葉が仮に国際法上の根拠であるというふうに考えれば、この国際法上の根拠をアメリカは豊下参考人のお話のようにブッシュ・ドクトリンに求めたのではないかと思います。しかし、ブッシュ・ドクトリンを適用して武力行使するということはいかようにも現在の国連憲章を中心とする国際法上認めがたいとする多くの同盟国の反対に出会って、アメリカは二〇〇二年の九月、ブッシュ大統領の国連演説並びに国家安全保障戦略の中で、できるだけ国際協力を取り付ける努力をするが、もしそれが取り付けられないのであれば、そして必要だと考えるときにはアメリカは単独でも行動するということを明文でコミットします。実際にはアメリカの言ったとおりになり、新たな安保理決議が通らず国際協力が得られなかったのでアメリカは武力行使を踏み切りますけれども、このときの説明はあくまで安保理決議六七八、すなわち湾岸戦争が起きたときの一九九〇年十一月に国連を通過した安保理決議にその法的根拠を求める説明をしたんだろうと思います。

 私個人は、これは無理があると。この説明は、これは少しアメリカの説明は無理、無理があって、そもそもイラクはクウェートに侵攻したときに、これによって破壊された秩序を維持回復するために国連が通過させた安保理決議六七八を、大量破壊兵器という根拠をもってイラクに武力攻撃をする国際法上の根拠とすることには、どう考えても合理的でないと考えます。したがって、国際法上の根拠という大義であるというふうに大義という言葉を解釈すれば、イラク戦争の国際法上の大義は確定されてないというのが私の考えです。

=松井孝治君=
ありがとうございました。終わります。


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