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平成十七年五月十二日(木曜日)午前十時二分開会
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本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案(衆議院提出)
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○委員長(高嶋良充君)
ただいまから内閣委員会を開会をいたします。
政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に、
理事会協議のとおり、政府参考人として内閣府大臣官房長永谷安賢君外二名の出席を
求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(高嶋良充君)
御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(高嶋良充君)
国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
本案の趣旨説明は既に聴取いたしておりますので、これより質疑に入ります。
質疑のある方は順次御発言願います。
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〔省 略〕
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○松井孝治君
おはようございます。民主党・新緑風会の松井孝治でございます。
今、竹山先生の方からこの法案の趣旨についての御質問がございました。
私もその御答弁を聞かせていただきましたので、最初にまずその趣旨を伺おうかと
思ったんですが、それは省略をさせていただきます。
今年は戦後六十年の節目でございまして、そういう節目の年にいろいろ、先ほど
竹山先生おっしゃったように足掛け六年でしょうか、この法案が国会において提案されて
から、こういう六十年という節目の年に今審議が大詰めを迎えているというのも何かの
奇縁のような気がいたしております。
私自身も、昭和天皇のお姿に自ら近くは接したことはないわけでありますが、先ほど
おっしゃったように、日本の近現代史における昭和という時代の持つ意味というのは非常 に大きな重みのある時代であった、それを記念するという趣旨においてはこの法案の
趣旨というのはよく理解できるわけでございます。しかしながら、これ非常に重要な私は
国会審議であると思います。今回の法案に対するメディア、国民の各層の意見を調べて
みますと、やはり多様な考え方があると。それはやはり国会審議の上で記録に残し、
国民的な今後の理解の糧にしなければいけないという、そういう思いで御質問をさせて
いただきたいと存じております。
まず最初に、この祝日法の趣旨でございますが、自由と平和を求めてやまない日本国民
は、美しい風習を育てつつ、より良き社会、より豊かな生活を築き上げるために、
国民こぞって祝い、感謝し、また記念する日を定め、これを国民の祝日と名付けるという
定義になっております。
今回の昭和の日でございますが、これは祝日法で言うところの「国民こぞつて祝い、
感謝し、又は記念する日」、これのどれに当たるのか、あるいはすべてに当たるのか、
これについて、一番基本的なことでございますので、提案者の方から御説明いただきたい
と思います。
○衆議院議員(長勢甚遠君)
祝日法における祝日の定義はおっしゃるとおりに書いてあるわけでありまして、今提案
いたしております昭和の日はこのうちの「記念する日」に当たるものと考えております。
そして、この「記念する日」において国民がそれぞれの立場、考え方から昭和の時代を
顧み、これからの国の将来に思いを致すというのがこの創設の趣旨と思っております。
なお、記念という言葉は、広辞苑によりますと、「後々の思い出に残しておくこと。」と
されておりますけれども、これは今回提案いたしております「激動の日々を経て、復興を
遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」という昭和の日の意義とも十分に
合致するものと考える次第でございます。
○松井孝治君
昭和の日、昭和という激動の時代を国民の記憶にとどめ、そして平和という気持ちを
持つというこの趣旨は理解できるんですが、それを、四月二十九日という日を昭和の日
としての日にちとして選ばれた理由ですね、この辺りについて、まあ当然のことながら
四月二十九日というのは昭和天皇の誕生日であるということは大きく影響していると
思うんですが、具体的になぜ昭和の日を四月二十九日として定めるという御提案を
されているのか、御答弁いただきたいと思います。
○衆議院議員(長勢甚遠君)
昭和の日を設ける趣旨というのは今申し上げたとおりでございますが、これはいわゆる
あくまでも昭和の時代を記念をするという趣旨でございます。歴史の教訓は日々
学ばなきゃいけないのでしょうけれども、この昭和の時代を記念する一番適当な日は
いつだろうかということを考えました。昭和天皇の誕生日である四月二十九日といたし
ましたのは、昭和の時代に長きにわたり天皇誕生日として広く国民に親しまれ、
またこの時代を象徴する日であるというのが一番四月二十九日がふさわしいと考え、
この日を昭和の日として提案を申し上げておる次第でございます。
一部にこの日を選んだことについての御批判もあるようでございますが、これはあくまで
昭和天皇を記念するという趣旨ではございませんで、昭和の時代を記念をするという
趣旨でございます。よろしく御理解をいただきたいと思います。
○松井孝治君
これはいろんな議論が過去にもございました。今回の提案について唐突だという意見も
世の中にはあるようですが、しかし私個人的には、過去この参議院の委員会でも、当時
は文教委員会でございましたでしょうか、議論をされていますし、幅広い議論はされて
いるとは思います。ただ、その議論の中身が多様な議論があったことは事実でござい
ます。
例えば、これ、私、個別に通告しておりませんので、提案者の議員のお立場で自由な
御意見を伺いたいわけでございますが、過去に幾つか非常に重要な質疑がございます。
これ、参議院でございますが、橋本龍太郎総理大臣がこういう答弁をされているんです。
これは平成十年の三月の参議院の予算委員会でございますが、橋本龍太郎総理が、
昭和天皇をしのぶ、その気持ちにおいては私は議員にまさるとも劣らないものを持って
いると思っております。そして、昭和という時代は将来ともに日本の歴史の中で考えて
いくべき非常に大事な時代であったとも思います。
ただ、明治天皇の御誕生日、これも日本にとって忘れてはならない方でありますけれども
、このお誕生日が御承知のように文化の日として定着をいたしております。
そして、みどりの日を祝日とする法律、これが多数の政党の賛成によって成立をしたと
いうこと、こうしたことを考えますと、慎重な対応を必要とすることであると私は
思いますが、それ以上に、私は実は、みどりの日という名称が決められましたとき、
いかにも昭和様にふさわしい名前が選ばれたなという思いを本当に持ちました。
自然を愛され、学者としてもその道の尊敬を集められる、そして、それこそ陛下が御出席
をされる年間の行事の中で特に植樹祭というものを非常に大切にされ楽しみにして、
そのたびに緑のふえていくことを喜んでおられた。そのようなことを思い起こしますと、
みどりの日という命名は昭和様をしのぶ非常にいい名前だったという気持ちが
私はするんです。
ちょっと中略をいたしますが、
私個人としては、いかにも昭和様のお人柄、御人徳というものをしのぶ上で
ふさわしい名前が選ばれたのではないかという感じを持っておりますことは
申し添えたいと思います。
と、こういう御答弁を時の内閣総理大臣がされておられます。
平成元年の正に御崩御の年に、内閣としてこの四月二十九日をいかにするかという
議論を、有識者会議も開かれています。そこの有識者会議でもいろいろな議論があった
と伺っております。議論を経て、今恐らく総理大臣がおっしゃったような、
当時の橋本総理大臣がおっしゃったような趣旨を恐らく踏まえて、このみどりの日と
いうものが祝日法の中に位置付けられた。このことについて、提案者として、
そのみどりの日を昭和の日というふうに変えるということについては当時の、平成十年
当時の内閣総理大臣は慎重な思いを、亡き昭和様の御人徳をしのぶという意味において
むしろ慎重な思いをされていたということを今提案者のお立場としてどうとらえて
おられるか、お伺いしたいと思います。
○衆議院議員(冬柴鐵三君)
国民の祝日について国民各層がそれぞれにいろいろな思いをするという、そういうことで
昭和の日を顧みたらいいと思います。橋本内閣総理大臣のお考えもその国民の中の
一つの考え方であろうというふうに思いますが、我々は、昭和様、昭和天皇をしのぶと
いう趣旨で昭和の日を祝日とするという考えには立ちませんでした。それは提案の理由
にも明確に述べているように、昭和という時代を、激動の時代を国民が顧みる、しのぶ
ではなく顧みると、そういう趣旨で今回提案をしているわけでございます。
ある昭和の一時期には、国策を誤って我が国は戦争へ走り、国民を存亡の危機に
立たせてしまいました。また、侵略あるいは植民地支配ということで多くの国々の人々に
多大の耐えることのできない苦痛や被害を与えたことも歴史的な事実でございます。
そのような反省に立って我が国は新しい憲法を定め、そして自来、残された昭和の時代
は平和国家として名実ともに今日まで歩んできたことも事実でございます。そのような
激動の時代、反省、そしてまた苦痛、そしてまた繁栄、こういうような歴史的にも未曾有の
この昭和という時代、こういうものを常に国民は顧みて、そして失ってはならないのは、
その歴史をかがみとして将来も平和に、平和を我々はあくまで追求するという立場、
そういう日でありたいという提案でございます。
もとより、この国民の祝日をどのように感じ、考えるかということは、橋本内閣総理大臣の
ような考え方ももちろんありましょうし、また戦後生まれの人々は、ある人はオリンピックを 思い浮かべ、ある人は万国博覧会の成功を思い浮かべる人もあると思います。それで
いいと思うわけでありますが、いずれにいたしましても、昭和という激動の時代、年代を
顧みる、そのような日にちとしたいというのが我々の提案の理由でございます。
○松井孝治君
今、冬柴先生から御答弁いただいた内容、昭和の日の意味、趣旨、非常に私もよく理解
できるわけでございます。
他方で、やはり議論のためにもう少し続けさせていただきますと、これは平成十二年の
参議院の文教・科学委員会において実は参考人質疑をされています。で、この昭和の日
について反対の立場の方も賛成の立場の方も参考人としていろいろ意見をおっしゃって
います。その中で佐高さんという参考人がおっしゃっておられる内容で、これはちょっと
目に付いたものがございまして、先ほどの橋本当時内閣総理大臣の発言とも多少関連
するんですが、この方が冒頭発言されているのが、「昭和の日というのは、私などから
見ますと、天皇というものを何か利用しようとしているのではないかという感じがいたし
ます。」という趣旨のことをおっしゃり、そして愛国心というようなことにも触れ、結論から
いうと、例えばかつての大正天皇の祝日移動とかいうことも含めて、こういう形で昭和の
日ということを制定することに慎重な御意見を述べておられるわけであります。
こういう御意見に対して、この方は決して皇室に対する国民の尊敬の念を否定されている
ということではなくて、むしろそういう思いを持って逆に余り、本当に昭和天皇がそういう
ことを望んでおられただろうかということに思いをはせると、むしろ昭和の日という制定に
慎重な御意見を述べておられる。先ほどの橋本当時の内閣総理大臣の御発言の趣旨は
、私も直接伺ったわけではありませんけれども、ある意味では、昭和天皇が非常に緑と
いうものをこよなく愛しておられた、その人徳をしのぶということで議論を経て、昭和の日
の意義とは別に、その四月二十九日という日をどういう形で残すかという意味においては
むしろみどりの日として残すという判断をしたと。
しかし、そのみどりの日は例えば五月四日、これは同じ新緑のシーズンですから、
それから、先ほど御説明あったように、ゴールデンウイークで国民にそこの連休としての
定着がありますから、これは大事にしようという趣旨はよく分かるんですが、昭和天皇の
御人徳をしのんでみどりの日にするという意味においては、その四月二十九日とみどり
の日の関係を、ある意味では別の日に移すということにおいてはやはり若干デメリットが
あるというようにも感じられるわけであります。
逆に、この佐高参考人の御意見、逆に天皇陛下を利用するということになりはしないか
という疑念に対して提案者としてはどういうふうにお答えになられるのか、このことも
御答弁いただきたいと思います。
○衆議院議員(冬柴鐵三君)
そのような佐高さんの意見も国民の意見であろうと思いますけれども、私ども提案者と
いたしましては、激動する昭和という年代、時代というものを年に一回、国民は本当に
少なくとも年に一回は顧みて、そして将来の平和国家建設というものを考えていくべき
だという考えに純粋に立っているわけであります。
しかしながら、その昭和の日をそれじゃ何日にしたらいいのかということになりますと、
我々が先ほども申し上げましたように、戦前は天長節と言われたようですけれども、
戦後、天皇誕生日として我が国民に休日として親しまれてきたこの四月二十九日という
のは、一つの、昭和を画するについて非常に象徴する一つの日であろう、だれが考えても
昭和というのを暦年、三百六十五日のうち、いつを定めれば一番ふさわしいかということ
になれば四月二十九日ということになろうと思うわけであります。
私どもは、天皇を利用したりと、とんでもない話でございます。日本国憲法第一条にも、
天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるということが定められております
し、その地位は主権の存する日本国民の総意に基づくということで、この象徴、天皇が
象徴であるということもそのように日本国憲法第一条に決められているわけであります。
そういうことから見ましても、昭和の年代というものを顧みるという、そういう趣旨をじゃ
暦年のどの日にしたらいいかということを考えたときに、私は、昭和天皇の誕生日という
ものが国民にとっても多くの人々から支持される日であろう、このように考えるところで
ございまして、決して佐高さんの説、橋本さんの説を否定するものではありませんけれ
ども、我々の考え方は、そうではなしに、このように考えているところでございます。
○松井孝治君
今、冬柴先生がおっしゃったように、私は、これはそういう考え方がやっぱり国民の中にも
ある、それについて国会においてやはり議論をし、提案者はどういうお立場であったか、
それを踏まえて我々が賛否を決するというのが国会の在り方であろうと思って伺っている
わけでございます。
ちょっと古い記録をひもといてみました。これも、済みません、昨日の夜少し勉強したもの
ですから、事前に通告できておりませんということをおわびを申し上げますけれども、
政治家としての御判断を伺いたいものですからあえてお尋ねをいたしますけれども。
これ、昭和二十三年に参議院、この参議院ですね、文化委員会というのが当時あった
んですね。そこで祝日法の議論をしておるんです。その中で、祝日、どういうものを祝日と
するかということを議論しているんですが、古いしきたり等国民感情を重視するという原則
、それから新しい国家に必要なものを取り上げる、今までの伝統にはないけれども新しい
日本の伝統として今後つくり上げるというようなことも確認をされています。祝祭日の数は
なるべく多くしないこと、祝祭日に行う国民行事まで考えるべきこと、そのような議論を
されています。
その中で案を出しているんですね、当時。その祝祭日の案として、当時は天長節と、
昭和二十三年のことですから、四月二十九日、言っておったわけですが、それ以外に
いろいろございます。例えば、春分の日なんかも当時もございますし、憲法記念日は
もう既にございます。秋分の日、あるいは文化祭と言っていますね、名称未定、これは
明治天皇誕生日ですね。十一月二十三日というのも当時の案にもう既に出てきている
わけでありますが、それ以外に追憶の日ということで八月十五日という案が出されて
います。それから、別に、将来講和条約締結の日を平和記念日としてはどうかという
案が出されています。結論からいうと、これはその後合意を見ておらないわけで
あります。
今回の祝日法に関してある新聞が論評を寄せておられまして、
それは、一九五二年四月二十八日というのはサンフランシスコ条約の締結、
発効の日でございます。言い換えれば、戦後の日本が主権を取り戻した日というふうに
言うことができます。この日というのは、例えば、さっきおっしゃるような昭和の日として、
私は、おっしゃる昭和天皇誕生日を昭和の日にするということについては共感を覚えます
けれども、議論としてどういう日がほかにあるかということを考えたときに、この平和条約
の締結の日、四月二十八日、これであれば、その新聞の論調でも指摘がありますが、
ちょうどゴールデンウイークで国民的にいうとなじみが深いんじゃないか、その新聞は
むしろ二十九日に加えてというような言い方もされていますけれども。
こういう日あるいは八月十五日という終戦の日、平和を誓う日ですね、この辺りを例えば
昭和の日として御検討をされた経緯があるのかないのか、今申し上げたような趣旨に
ついてどうお考えか、これも通告をいたしておりませんが、御見解を承りたいと思います。
○衆議院議員(長勢甚遠君)
昭和の日をいつにしたらいいかということについては、我々議員連盟の中でも若干の
議論がありました。また、各方面からもいろんな意見があった、例えば五月一日の
メーデーにしたらどうだという意見も出された方もおられたことを記憶をしております。
今お話しのような五月二十八日ですか、あるいは八月十五日ということは特に議論は
なかった、あった記憶はございませんが、いずれにしても、この昭和の時代は、
六十年有余、敗戦あるいは復興という大変厳しい、また苦労の多い時代、これを全体を
網羅的に象徴できる日というのはいつだろうということを考えますと、今、冬柴先生からも
オリンピックの話もありましたけれども、そういうことも含めていろんな思いを国民の皆さん
がお持ちであり、また我々がこれから日本を切り開いていく上で反省すべき問題というの
はどの時点、時期についてでも大変大きな教訓があるわけでありまして、そういう意味で
は、広く親しまれてきた四月二十九日が最もふさわしいという結論で今日提案させて
いただいた次第でございます。
○松井孝治君
四月二十九日がやはり昭和という時代を回顧する日として適切であるということについて
は、私も別に異を唱えるわけではありません。ただ、やはりこれは非常に大事な、
やっぱり国民の祝日というのは、国民がこぞってそれを、その日を先ほど申し上げた
ようなお祝いをする、あるいは記念をする日でございますので、そこについての我が
参議院での委員各位のやはり議論を記録にも残し、そして、それはやはり国民に対して
説明をしていかなければいけないというふうに考えているわけであります。
私の持ち時間が三十分余りでございまして、少々時間が少なくなってまいりましたので、
若干事務的なことについても伺っておきたいと思います。
これ、例えば政府、今日は政府参考人もお見えでございますが、こういう議論が国会で、
先ほどから御紹介があったように六年間、足掛け議論されている。その中で、当然、
国会は国民から選挙によって選ばれた代表でもありますから、そこで、国会で議論して
もらう、それを尊重するというのが政府の姿勢ではあると思いますが、
しかし、さはさりながら、国民の祝日という法律を持っておられるのは、内閣府が担当
しておられるわけですね。この間について何らかの、先ほど来いろんな意見が国民の
各層の中にあるというお話が提案者からもありましたが、政府として、過去、平成元年に
有識者会議を行ってみどりの日というものを制定した観点から、きちんと国民の
意識調査、アンケート、そういったものを行われた経緯はあるんでしょうか。
○政府参考人(永谷安賢君)
過去、そういう懇談会みたいな場で議論、政府として議論をしたことがあるかという
お尋ねであります。
もう先生御案内の、松井先生御案内のとおりでありますけれども、平成元年に
政府提案で皇位継承に伴う祝日法の改正案を提案する際に、皇位継承に伴う国民の
祝日に関する法律改正に関する懇談会を設け、意見を求めております。
これは言うまでもありませんけれども、昭和天皇が崩御されて、その四月の二十九日と
いうのをどうするかという議論を、昭和天皇が崩御された後、天皇誕生日を今上天皇の
誕生日に変えるということと、今まで祝日であった四月二十九日をどうするかという議論
をするために懇談会を設けたと、ある意味では非常に機械的な話の懇談会であった
というふうに理解しております。
言うまでもなく、国民の祝日をいつ、どういうふうにするのかということに関しましては、
もうこれも言うまでもありませんけれども、国権の最高機関であり、国民の意思を最も直接
に代表する機関である国会で御議論の上、決定していただくべきものであるというふうに
私どもは理解しております。
○松井孝治君
一つ私どもとして気になりますのは、参議院の先ほど引用させていただいたような文教・
科学委員会において参考人の議論はしておりますけれども、やはり今回の改正、これは
もう非常に国民、すべての国民にとって影響のあるこの重要なことがどこまで国民に浸透 しているかということについてややまだ、私は、これを深め、議論をきちんと深めて
いただかなければいけないという思いがあります。
法案として国民の幅広い方々の、先ほども御紹介がありました、署名がある、
国会議員でも多くの国会議員がむしろそれを推進しようという中で法案を作る。
まあこれは一つの判断でありますが、他方で重要なことは、先ほどの昭和二十三年の
当時の国会における議論もそうでありましたが、その日を国民にとってどういう日に
するのかということをきちんとやっぱり政府として取組を今後進めていかなければいけない
。それは、行政府としての政府や内閣だけの責任ではなくて、国会議員の責務でも
あろうと思うわけであります。
今回の法律、これ、施行が平成これは十九年でしょうか。かつて海の日を祝日法を改正
して制定したときに、翌年に施行されているわけでありますが、今回、平成十九年という
ことで、それに比べてもう一年余裕を持っているというのは、あるいは先ほど冬柴先生
からもお話がありました、国民各層の中にはやっぱり幅広い意見がまだある、それに
対して、この昭和の日というものに対する、あるいは先ほどの提案者の御説明を聞きます
と、やはり誤解もあるような気がするんですね。
社説でも、ある新聞の社説は、復古主義ではないかという社説を掲げておられましたが、
提案者の御趣旨を聞くと、そうことではない、むしろちゃんと戒めるべき点は戒めなければ
いけないという趣旨も含めた昭和の日である。そういう意向を、これ、別のメディアは
やはりアジアを中心とする諸外国の意向にも配慮しなければいけないというふうに書いて
いる部分もありましたけれども、やはり国民、あるいは場合によっては諸外国から反応が
あるとすれば、きちんとその趣旨を伝えるということも必要だと思います。
施行までの間を、公布から施行までの間二年を取っているということも踏まえまして、
この法案、仮に本院で可決された場合に、この施行までの間にどういう取組を行うべき
なのか。これ、提案者の政治的御判断と、それから政府側としてそれに対して何を
行おうとしているのか。四月二十九日を昭和の日とするとすれば、それは、政府として
それを国民にきちんと浸透するために例えば何らかの行事を行うとか、そういうことを
考えておられるのかどうか。提案者及び政府参考人双方に御見解を伺いたいと思います
。
○衆議院議員(長勢甚遠君)
施行を修正をして、あと二年を、逆に直したわけでございます。当然、この新しい祝日の
趣旨が十分に国民に理解をしていただいて、この昭和の時代を顧みるという日になるよう
にするための準備期間としてこれくらいの期間は必要だろうということで修正をさせて
いただきました。
同時にまた、具体的にも、いわゆる国民の生活はカレンダーに頼っているわけでござい
まして、その印刷の状況等々も踏まえながらこういう修正をすることにしたわけでござい
ます。
お話のように、先ほどお話ししましたように、昭和の日についての理解は我々相当程度に
国民にも浸透しておるとは思っておりますけれども、なおこれが成立すれば、民間団体の
方々も一生懸命努力されておられますし、我々も趣旨の徹底に全力を挙げていきたいと 思っております。
政府の方でどういうふうになさるかについては、まだ相談をいたしておりませんけれども、 成立の暁には一緒になって、この趣旨が徹底され、昭和の日の意義が深まりますように
全力を挙げていきたいと思っております。
○政府参考人(永谷安賢君)
今回のこの祝日法の一部改正法案が成立した際には、政府としては、祝日法の趣旨を
踏まえながら、政府広報など様々な機会を通じて国民に広く周知されるように努めていく
つもりでおります。
○松井孝治君
分かりました。
私に残された時間があと一分ですので、もう最後に一つだけ、この昭和の日という
ことと切り離して確認をさせていただきたいことがございます。
それは、国民の祝日、休日というのが、やや諸外国に比較して日本が多くなり過ぎている
んではないかと。特に中小企業の方々などからいうと、ちょっともうここまで祝日が増える
としんどいという声も正直、聞こえてきます。これはまあ昭和の日の問題とは全く別の
問題でありますが、トータルとして十五日でしょうか、これは諸外国に比べても多い水準
になってきております。
政府参考人に伺いたいんですが、国民の祝日、この祝日法に規定する国民の祝日、
あるいは休日も含めたこの数について、政府としてはもうこの辺りがそろそろいい水準
であるというふうに判断しているのか。なかなかお答えにくい質問かもしれませんが、
そこについての政府参考人の御見解を伺えればと思います。
○政府参考人(永谷安賢君)
先ほどの答弁の繰り返しになって恐縮でありますけれども、もう先生よく御案内のとおり、
国民の祝日は、国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日として定められているもの
でございます。正に、国権の最高機関であり、国民の意思を直接に代表する機関でも
ある国会で十分御議論の上決定していただくべき事項であるというふうに理解しており
ます。
したがいまして、今御質問のありましたその日数をどう思うかということでありますけれ
ども、これは正に国会で御議論いただくべき事項であり、政府としての見解を申し述べる
ことは差し控えさせていただければと思います。
○松井孝治君
まあそう言わざるを得ないでしょうね。それは我々が判断していかなければいけない。
この昭和の日の趣旨とは別に、全体の国民の祝日というものをどうしていくのか、それは
国会においてきちんと議論していかなければいけない課題だと思っております。
いずれにしても、私どもとしてもこの趣旨というものは今の御答弁でよく理解をしましたし、
共鳴、賛同するわけでありますが、やはりその国民各層に更に普及し、よく理解して
いただいて、本当に国民がこぞって記念できるような、そういう日にしていく努力をしな
ければいけない、そのことを申し上げて、私の質問を終わります。
ありがとうございました。
*委員会の全会議録は、下記サイトをご参照ください。*
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm
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