松井こうじ 過去のメッセージ

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民主党京都を中心に大躍進

マニフェスト選挙も終わり、おかげさまで民主党は地元京都を中心に大躍進させていただきました。
 しかし、相変わらず日本の政治経済外交には課題山積です。
これからも気を引き締めて頑張りますのでご指導のほどよろしくお願いいたします。

2003年11月            松井孝治

応援に走り回る日々です

 皆さん、こんにちは。13日のシンポジウム・懇親会へは多くのご参加を頂きまして、誠にありがとうございました。

 まもなく衆議院総選挙が始まります。現在、府内六選挙区と全国で頑張る予定候補者の応援に走り回っています。政権交代を実現すべく私も全力を尽します。

2003年10月            松井孝治

もう補正予算??

 皆さん、こんにちは。平成15年度予算案が衆議院を通過しました。

  民主党は、政府と同じ歳入規模で、われわれなら税金をこう使うという対案(独自の予算編成案)を示しましたが、政府は聞く耳を持たず、予算案が成立するや否や補正予算の必要性を叫び始めています。

  特区での若干の前進など、国会論議の成果もあるものの、やはり政権交代なしには、真の改革は実現しないという思いを強くしています。

引き続き、国会活動、政策立案活動に全力を尽します。

3月4日            松井孝治

2003年

皆さん、こんにちは。2003年が幕開けました。

今年は、経済、外交・安全保障、福祉や教育など、各面で従来の枠組みや常識が大きく揺すぶられる年となるような予感がいたします。


私も既存の政治や行政の常識、あるいはこれまでの経済政策の常道などにとらわれたり、縛られたりすることなく、政策の立案や実行に向けて努力を行ってまいります。

同時に、今年は、京都の地から、日本の文化や伝統を見直し、新たなる価値の創造や発信にも意を注いでまいりたいと存じます。

本年もよろしくご指導のほどお願い申し上げます。

1月1日            松井孝治

臨時国会

皆さん、こんにちは。

早いもので臨時国会も残り一月余り中盤に差し掛かりつつあります。


政府のデフレ対策が発表になりましたが、不良債権処理にせよ構造改革にせよ本番はこれからです。


構造改革特区法案にせよ、独立行政法人一括法案にせよ、狙いはわるくないのですが、一つ間違えば行革逆行法案になる恐れがあります。

そのあたりを国会審議で明らかにしてまいります。  

11月8日            松井孝治

民主党

皆さん、こんにちは。松井孝治です。

民主党の代表選挙が終了し、昨日の両院議員総会で鳩山代表をヘッドとする新たな執行部体制ができあがりました。

代表選挙の結果には力不足を痛感しています。こんなときだからこそへこたれずに奮起をしなければなりません。

多くの方々からいただいたご支援に感謝いたしますとともに、現在の民主党の状況をなんとか立て直すべく、今後とも微力を尽くすつもりでございます。

この間、多くの方々からご叱責や激励を頂戴しましたが、今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。   

     平成14年10月2日 松井孝治

2002年9月民主党代表選挙終了

皆さん、こんにちは。松井孝治です。

8月以来皆様に激励をいただき、またご心配をおかけしてきた民主党代表選挙は終了いたしました。

私にとっては第一回投票、決選投票ともに悔しい結果になりました。

その後、人事を巡って調整が続いておりますが、党として皆さんの期待を裏切る結果にならないように、私としてももう少し汗をかいてみます。

これまでの皆様のご支援や激励に心から感謝申し上げるとともに、もうしばらく事態を見守っていただきますよう、お願い申し上げます。

     2002年9月27日 松井孝治

健全化に全力

皆さん、こんにちは。松井孝治です。

◆192日間に及ぶ通常国会も終了しました。この間、小泉内閣の改革姿勢の実態・本質は多くの皆様にしっかりとご覧いただけたのではないかと思っています。

◆しかし、まだまだ民主党の政権担当能力については、多くの皆様にはご理解いただいておりません。

◆私は、この9月の代表選挙をきっかけに、民主党を、改革抵抗勢力と真に戦い、現実の社会で、政治と行政を刷新していくことのできる政党に脱皮させていけるかどうかで、この国の政治の姿が大きく変わる、大げさではなく、そのことにこの国の浮沈がかかっていると確信しています。

◆民主党代表選挙を正々堂々たる戦いにし、日本の政治と行政を健全化するために全力を尽くしてまいります。

2002年8月 松井孝治

日本の国の将来

皆さん、こんにちは。松井孝治です。

瀋陽の亡命事件は本当に大きなショックです。

政治も官僚も緩みきっていると言われても仕方ありません。◆われわれの世代で、政界と官界双方の大刷新を行うしか道はありません。

◆今年は民主党も代表選挙の年ですが、民主党の浮沈、そして日本という国の将来にとって、この半年がもつ意味がどんどん大きくなっている、その責任を痛感しつつ、政策論議に全力を尽くしたいと思います。
       2002年5月 松井孝治

新しい年度

皆さんこんにちは。松井孝治です。

◆新しい年度がスタートし、東京でも京都でも街の風景は桜から新緑へと移りつつあります。

◆国会はあいかわらずごたごたしていますが、小泉内閣の改革が見掛け倒しであることが明らかになる中で、そろそろわれわれが具体的な政策ビジョンを示すべき時期に立ち至っています。

◆国会論戦を通じて、そして各種の言論活動を通じて具体的な政策提言を重ねてまいります。引き続きよろしくご指導のほどお願い申し上げます。

平成14年4月 松井孝治

皆さんこんにちは。

皆さんこんにちは。松井孝治です。春分の日を過ぎて、春満開、東京では早くも桜満開です。

◆国会では鈴木問題、加藤問題が引き続き解決を見せていませんが、参議院でも予算審議が中盤にさしかかり、各委員会での法案審議が始まっています。

予算や法案審議の中で、単に反対するのではなく、数の上では不可能でも、積極的な修正案を提案していく姿勢が政権交代に向けて不可欠だと思います。

◆中盤国会に全力を挙げますのでよろしくお願いいたします。
3月22日  松井孝治

国家像 社会像を示す時期! 2002.03.10

早いもので桜のつぼみがふくらむ季節になりました。衆議院で予算が通過し、通常国会も中盤にさしかかりました。

◆ここ数日が鈴木宗男議員問題の山場になると思います。鈴木議員の問題は、単に一議員のスキャンダルにとどまらず、政・官・業の癒着と裏取引を象徴する問題であり、徹底的な追及が必要です。

◆同時に野党であるわれわれも、旧来の悪を暴くことだけで満足せず、われわれが目指す国家像、社会像を国民の前に示していくことが必要です。民主党の支持率が上がらないのはそうしたビジョンを皆さんの前に示せていないからにほかなりません。

◆引き続き、一生懸命頑張りますのでご支援ご指導のほどお願い申し上げます。 
3月10日  松井孝治

北京で考えたこと 2002.03.01   きまぐれ行動録

本日は、中国で考えたことを書かせていただきます。
私にとっては、中国はこれまで縁が薄く、
実は今回が二度目、北京は初めての訪問になります。

一回目は8年ほど前に、香港からシンツェンを訪問しましたが、そのときの印象は、香港の延長線のものでした。

今回は、首都北京であったこともあり全く印象が異なります。

出張の主な目的である、中国共産党との協議については、
順調に進みました。
具体的に6月下旬以降の鳩山ミッションの開催に関連して、
また別の機会に報告しますので、
それ以外の部分での感想を申し上げます。

はじめて北京の街を歩き、また、「中関村」と呼ばれる、
「中国のシリコンバレー」と呼ばれている地区※を見学し、
いろいろなことを考えさせられました。

※中国の北京市の北西部を中心に、
 多くの大学とベンチャー企業が存在して、
 優秀な技術者・研究者が大学、企業の壁を超えて
 先端技術開発を行っている地区です。

そもそも、シリコンバレーというのは、
米国のサンフランシスコ近郊にあって、
スタンフォード大学をはじめとする大学と、
数多くのベンチャー企業が集積するハイテク産業地域の
ことです。特に半導体関連産業で多くの企業を生んだので、
シリコンバレーという名前がついています。

中関村地域には、すでに厖大な企業が進出し、
数万人規模で優れた研究者・技術者が勤務する
一大研究開発拠点になっています。

さらに現在も、広大な敷地で再開発が行われおります。

つい数ヶ月前には、
小さな商店や民家がごみごみと雑居していた
地区がきれいに整地され、巨大なクレーンがにょきにょきと
何十本も林のように立ち並んでいる姿は、
中国という国の持つ底力を感じさせます。

また、この地区に拠点を置く先端企業には、
法人税が、はじめの3年間は免除され、
その後の3年間は半額になるという思い切った税制上の措置が
用意されています。

また、中国ではその地区に戸籍を持っている人間しか雇えない
制度になっており、農村の中国人は、北京などの大都市の戸籍はなかなか取れません。

したがって北京などの大都市内で、田舎出身のすぐれた研究者を採用したいと思っても難しいのです。

ただし、
例えば日本企業が中国政府に認定された研究開発センターを
中関村に持てば、そこでは北京市外の研究者も採用でき、
そこにつとめる研究者は一定期間の勤務後は北京の戸籍を
持てるようになります。

したがって、一般的には採用しにくい地方出身の、
すぐれた研究者も採用可能になりますし、
貧しい農村出身の研究者の立場から見ると、 
憧れの大都市(大都市と農村では給料など桁違いです)
で勤める権利がもらえるのですから大喜びということになります。

こうした助成措置の数々や、
政府が強権をもって地上げを行い、
広大な面積の再開発を一年あまりでやってしまう
といった姿を目前にすると、

日中の政府の「力」の差を感じないわけにはいきません。

日本の政府や官僚組織は、
強力な権限を持っているといわれますが、
実は、それは官民が一体となって目標を決め、
それが共通の利益になるというような場合、
典型的には高度成長期にはうまく機能するのですが、

官と民の利害が異なり、
また、従来の政策の変更ということになると
むしろ極めて弱体な政府となってしまいます。

例えば、成田空港の滑走路拡充の問題に
これほど時間がかかっていることや、
都市部における道路建設が何十年と
たなざらしになっている事例をご覧になられても、

半年で密集地を更地にしてしまう中国と比較して、
よきにつけあしきにつけ、
日本の政府が決して「強力」ではないことは
お分かりいただけるのではないでしょうか。

中関村のエリアにある大学の多くは、
大学の子会社であるベンチャー企業を持っています。
北京大学や精華大学といった超一流大学が、
その100%子会社を作り、
まさにIBMや松下、富士通といった外国企業と
共同で研究開発を行っています。

そして北京大学や精華大学の、
予算のうち国の補助は1/3程度で、
あとは企業からの受託収入によって
まかなわれています。


日本では、東京大学にしても京都大学にしても
国費100%で運営されており、
独立行政法人化の入り口で大騒ぎをしていることと
比較すると、どちらが資本主義国家か、
ちょっとわからなくなります。

中国の場合、中国の人々の中にある商人の遺伝子と、
集権的な共産国家の部分が組み合わさって、
極めてダイナミックな発展を遂げているような気がします。

私が一市民として、
今の中国に住みたいかどうかはともかくとして、
こうした中国モデルが、ある経済発展の段階で、
極めて効率的に機能することは事実ですし、
部分的には、日本の現状打開のために、
見習うべき事柄もあると思います。

例えば、経済特区的発想なども、
中国の特区そのものを見習っても仕方ないと思いますが、
日本の産業政策、地域経済活性化策を考える際に
一つのヒントになるような気がしました。

今回の中国訪問で、おぼろげながら、
中国という国の指導層がどういう国家を目指しているのか、
なんとなく想像できたような気がします。


資本主義と共産主義の融合。

ちょっと抽象的な言葉で申し上げますと、
アメリカ合衆国が、
個人主義(インディヴィジュアリズム)と
理想主義(アイディアリズム)たる自由主義を、
実利主義(プラグマティズム)でつないでいる国家だとすると、

中国という国家は、
個人主義と共産主義を、実利主義でつないでいるような国
ではないでしょうか。

以前にも申し上げましたように、
私は、今年、それも前半のうちに、
我々としての国家・社会ビジョンのようなものを
示していかなければならないと思っています。
その際、非常に考えさせられる点の多い中国訪問でした。

直接の中国体験の薄い私の印象ですので、
中国や中国の方々との直接的な接触・交流がおありの方々の
具体的なご意見をお待ちいたしております。
                     松井孝治

小泉内閣 と 橋本内閣 2002.02.14

  <橋本政権の栄枯盛衰>
 
橋本政権は、私が官僚時代に行政改革会議などでおつかえした政権です。橋本さんの施政方針演説の草稿を書いたのも私ならば、行政改革の問題提起をしたのもこの私でした。

ですから、正直申しまして、私は、できるだけ橋本さんの悪口は言いたくないのです。
 
でも、最近の小泉政権を見ていますと、橋本政権のことを思い出します。橋本政権も「改革」政権を標榜していました。
 
   1.行政改革、
   2.財政改革、
   3.金融システム改革、
   4.経済構造改革、
   5.社会保障改革に
   6.教育改革を加えた6大改革

というコンセプトは、首相秘書官と一部の霞が関官僚の手によって生み出されたものでした。

私は、今でも自らもかかわった、その改革のコンセプト自身は間違っていなかったと思います。

タイミングも今の小泉政権に比べれば、95年という、90年代ではもっとも景気回復局面にあった時期で、この時期を逃しては改革に遅きに失する状況にあったと思います。
 
橋本総理は、着々と改革に乗り出します。

行政改革には、自らの手で着手し、
財政改革は、梶山官房長官の力も借りて、
金融システムは、大蔵省の榊原氏などを活用しながら、
一見、改革は順調に進むかに見えました。

加えて、外交もエリツィン大統領との個人的信頼関係を
基軸にした対ロシア交渉の進展など、
内外の懸案について順風満帆にもみえる立ち上がりでした。
 
こうした流れを大きく変えたのが、
「ロッキード高官」、佐藤孝行氏の入閣問題でした。

97年9月、佐藤氏の行革担当大臣である総務庁長官への入閣と、
国民的な非難の嵐。
そして佐藤氏の更迭後の自民党内での一気の求心力の低下。
それ以後、橋本政権の目玉である行政改革でも、
橋本首相の立場は日に日に弱くなっていきます。
 
そして、その陰で、
97年4月の消費税の増税、
特別減税の期限切れ、
そして医療費の引き上げなど
景気悪化への要因が重なり、日本経済は急速に悪化していました。

98年夏の参議院選挙を前にした、「右往左往」の政策転換もあり、
橋本総理はその参院選挙の敗北の責任を取って、
退陣を余儀なくされるのです。
 
<小泉さんと橋本さんの共通点>
 
今の小泉政権を見ていますと、
何か橋本政権と同じ道を歩もうとしているかのように見えます。
田中真紀子さんの更迭と佐藤孝行さんの入閣・更迭問題は、
自民党内や国民支持の潮目の変化という意味では極めて似ています。
 
経済の状態も、
97年11月、山一證券の破綻以降のデフレスパイラルと、
昨今及びこれから数ヶ月の経済の動向には類似点を感じます。

橋本さんが経済運営を誤った大きな理由は、
医療保険の引き上げの経済的効果を見誤ったことにあったのです。

今回の小泉さんの医療制度改革における3割負担の問題も、
経済的な影響をほとんど過小にしか評価していない点や、
現在の医療の構造的な問題を放置して、
安易に国民負担によって問題を解決しようという姿勢など、
極めて大きな問題があります。
 
そうした意味で、現在の小泉政権を取り巻く状況は、
97年から98年の橋本政権を取り巻く環境と極めて似ているのです。
 
もうひとつの類似点。
橋本政権は数多くの改革メニューを並べました。
しかし足りなかったことがひとつありました。

それはこの国が歩むべき、国家としてのあり方を
示せなかったことです。
 
小泉政権も多くの改革メニューを打ち出しています。

   ・特殊法人改革、特に道路公団改革、
   ・財政赤字の縮減、特に国債発行30兆円枠の堅持、
   ・郵政民営化、
   ・首相公選制。

でもこうした改革の先に、
小泉さんがどんな国家像を描かれているのか、
そこがよくわかりません。
 
各論がいくらたくさんあっても、
こういう国家を目指そう、
こういう社会を目指そうという訴えかけが、本当に足りない、
その一点において、小泉政権と橋本政権は類似しています。
 
<国家像を期待する>
 
でも小泉さんと橋本さんの相違点もあります。

橋本さんは、政策の細部に本当にこだわられる方でした。
他方、細部の議論に入れば入るほど、それらに没入され、
政策の全体像への関心が希薄になられました。
木を見て、森を見ずという言葉がありますが、
木どころか、葉っぱの葉脈の隅々まで目配りをされるのが
橋本さんだったように思います。
 
小泉さんは、政策の細部には、関心がないように思えます。
「道路公団の民営化」というキャッチフレーズが実現すれば、
民営化後の姿や、どういう基準で道路整備計画を見直すか
などの実務は、「適当に君らやってくれよ」と
官僚に丸投げされているような気がします。

そして、一匹狼ですから、
政治家で「汗をかいてそれを仕上げよう」は
ほとんど見当たらないのではないでしょうか。

結果として、いい着眼点がありながら、
仕上がりは族議員と小泉さんの主張を、
「足して二で割る」結果になる。

しかも小泉さんが「名」をとり、
族議員が「実」を取るということになってしまいます。
 
それでも、小泉さんが政策の大きな幹を、
きっちり国民に示されれば、
すなわち、自らの持つ国家像を堂々と主張されれば、
それはそれでひとつの政治家のあり方だと思います。

ところが、残念ながら、そこは言わない。
ここまでの国民の支持率がありながら、
もったいないなあというのが率直な感想です。
 
敵に塩を贈るわけではないけれど、
ここは、小泉さん、政策の「小技」は信頼できる人間を
どこかから調達して、その方々に預けていただいて結構です。
ご自身は、もっともっと大きく構えて、
この国の国家像を示してください。

そのことが、この国の政治がもっとも怠けてきたことですから。
 
<民主党の責任>
 
われわれも小泉さんに対抗しようというのなら、
小泉さんの国家像を待つまでもなく、
我々自身の国家像、社会像を示す必要があります。
そのことこそが今年の前半の重要な課題だと思っています。
 
私個人の見解ではなく、
党としての、大きな国家像を示すべき時期が迫っています。

それができないときは、民主党として、
国民の皆様からあいそをつかされるときだと思っています。

トップメッセージ 2002.02.11

通常国会もいよいよ序盤の山場を迎えました。
◆田中真紀子外務大臣の更迭騒動は、族議員と官僚の密接な結びつきを明らかにしました。本日の小泉総理の施政方針演説を受けて、いよいよこの国の真の構造改革を議論しなければなりません。◆私が行政の改革を叫んできたのは、まさに今回の外務省の問題のように「族議員が裏の世界で行政に横槍を入れる」そうした陰湿な政治と、行政の結びつきや裏取引を改めないと、この国の政治と行政はいつまでたっても先進国並にならないと考えてきたからです。◆この際、エゴとエゴとがぶつかり合い、利権の争奪にかまける古い時代の政治と経済に別れを告げなければなりません。◆そして、利己的な競争のみが支配する社会から、本来人間が持っている利他的な考え方が社会の主流に現れてくる、そんな社会を建設しなければならないのではないでしょうか。
精一杯頑張りますので、よろしくご指導のほどお願い申し上げます。
2002年立春     松井孝治

本会議での 演説は 真剣に聞こう<独り言> 2002.02.08

■ 野次

小泉総理の演説を聞いていて、国会の野次について、ちょっと考えさせられました。個人的な感想を申し上げます。
 
私は、国会の野次は決して悪いことではないと思います。質問者や答弁者への応援や、ウイットにとんだ皮肉、あるいは、抗議の意味を込めた野次も必要でしょう。

私も野次を飛ばしますし、昨年の12月7日の、私の本会議質問では、自民党議員(抵抗勢力?)から、沢山の野次を見舞われましたが、「これで議員になったのだなぁ」の感慨こそあれ、全く腹立たしくはありませんでした。
 

■ 恥ずかしかった

ただ、私は、総理の年頭の施政方針演説、臨時国会冒頭などの所信表明演説などは、それなりの敬意をもって聞きたいのです。

そこにどれだけの労力が費やされているか、小泉さんを含め総理大臣にとって、そして内閣、国民にとって、国会冒頭の施政方針演説、所信表明演説がもつ重要性は、いやというほどわかっていますから。

また、議会として、行政の長が、議会を通じて国民に訴えかける演説には、敬意をはらうべきです。

(もちろん、だからといってその内容に手加減を加える必要はありません。)
 
テレビ中継ではその状況はわからないですが、今週月曜日(02.2.4)の本会議傍聴(施政方針演説の傍聴)に、もし、私の友人や知人、自分の息子が大きくなっていて、その息子が来ていたら、恥ずかしい思いをしたと思います。

「おまえは、ずっと役人として国会関係の仕事をしてきて、また総理の演説の原稿を作ってきて、いまさらなんでそんなことをいうのか」と思われる方もおいででしょう。

ただ、本会議場の生の雰囲気とは、昨年、議員になって初めて味わったものです。(注※)

そして、その中でも、総理演説への議員の接し方には、正直カルチャーショックを感じました。
 
(注)本会議場の重み

確かに、私は官僚時代に国会の議論は、予算委員会を中心に数多く立ち会ってきましたし、総理の本会議での演説原稿も何度となく作成してきました。

しかし、官僚は、本会議場には、許可を得て階上席で傍聴する以外は、議場内に入れないのです。

予算委員会を含めた各種の委員会質疑では、一問一答形式で審議が行われます。そこでは、官僚のサポートがないと大臣が質問に答えきれないので、官僚はどの委員会でも、大臣席の後ろに、大挙して控えるのです。

本会議では、原則として一問一答方式ではなく、事前通告した質問に対して、総理をはじめとした大臣が、まとめてそれらに答える形式ですので、官僚はその場にいる必要がないため、官僚で本会議場に入った者はいないのが実態です。

官僚時代の2年間、年間200日余り国会の中の事務室で仕事をしてきた私でも、入ったことはありません。※
 
■ 静聴

米国では、大統領の一般教書演説の折には、与野党双方の議員が、起立して拍手で大統領を迎え、真剣に大統領の演説を静聴すると聞きますし、テレビの映像を見てもそのとおりです。

米国議会の様子を見て、これが本当の姿だなと思います。自分の中の感性にそちらの方がしっくりくるのです。
 
米国の大統領は元首であり、議会の機能や性質も日本とは異なります。したがって何でも米国流がよいとは思いません。

■ 真剣に聞こう

せめて議会として選出した総理の年頭演説くらいは、議員は真剣に耳をそばだて、やじで、内容が聞こえないような事態は避けたいのが、私の率直な思いです。

けじめというべきか、一種の礼節というべきか。政策的にも、人格的にも素晴らしい仲間たちが、総理演説の際に、大声で野次を飛ばしている姿に、どうも未だになじめません。

聞くだけは静かに聞いて、そのあと議論をする舞台まで野次はこらえようよ、大人なんだから。そう思うのは私だけでしょうか?

ちょっとしたことのようですが、ここに日本の政治の本質が現れているような気がします。将来、自分たちが与党になったときに、この問題提起をするのではなく、野党である今、そして、国会議員として新鮮な気持ちを持っている今、あえて、問題提起をしておきたいのです。
 
皆さんのご意見ご感想を、お待ちしています。

もっとも、ほとんどの皆さんは、本会議場の雰囲気をご存じないでしょうから、私の独り言になるかもしれません。

独り言に付き合っていただいて有難うございました。

メールマガジンより

2002年施政方針演説を聴いて 2002.02.04

施政方針演説については、各紙も一斉に批判的に報道をするのが常ですし、私も野党議員ですから、みなさんが、批判的論評を期待されているのは、わかっていますが、あえて虚心坦懐に伺わせていただきました。
 
◆ 印象的でない! 

まず批判ありきということではなく、私の率直な感想を申し上げます。
 
印象をひとことで申し上げれば、「印象的ではない」。小泉総理の肉声で、私の胸に響く言葉が不足していました。その点が昨年の5月、最初の所信表明との最大の違いです。
 
施政方針演説は、これから一年間の、政府の基本方針をあらわすものです。各省が抱える方針が、ある程度羅列的に並ぶのは、これまでの常識からいうとやむをえないものです。
 
でも、その中でも、総理が、今国会にかける意気込みが、滲み出すものでなければならない、と思っています。
 
また、総論のみならず、具体策が示されなければならないと思います。
 
その意味で、評価できる点とできない点双方があり、総じて言えば「平均点」以下としかいえません。

特に小泉総理への国民の期待と比較した場合、厳しい点しかつけられない。
 
◆ 評価できる点 
 
方向として評価できる点

  • 「努力が報われ、再挑戦できる社会」というコンセプトには賛成です。
     

  • 有事法制を、国会に提出する、という意思表明がなされたことも、与党内での議論は議論として、総理として今国会に有事法制を提出するとの意思を示した点は、評価できます。(もちろん内容が、評価に値するかどうかは、今後にかかっています)
     

  • 環境やエネルギー問題についても、 燃料電池開発やグリーン調達への言及と、数値目標の設定がなされたことは、評価できます。

    二酸化炭素吸収源として、健全な森林の育成や、保全への取り組みが表明されたことも賛同できます。
     

  • 科学技術創造立国という考え方や、遺伝子医療分野など(*)への重点的取り組み、特許などの知的財産の重要性の指摘、司法制度改革の具体的内容なども賛同、評価いたします。
     
    * 
    重点分野の例示として、「ナノテクノロジー」という言葉の代わりに、「極めて微小なレベルでの新材料開発」という説明に置き換えられていたのも、できるだけわかりやすい言葉で、という苦労の跡が見られました。
     

  • また、改革の続行への意思、デフレスパイラル防止への決意は表明されました。

◆ 問題点 

他方、評価できる点の倍ほど、問題点が目に(耳に)付きました。悪口ではなく、今後の国会の議論で埋めていくべき論点として、お読みください。
 

  • 努力が報われ、再挑戦できる社会というなら、課税最低限の引き下げを、どうとらえるのか、所得税率のフラット化や、最高税率の引き下げを、どのように議論するのか、

    再挑戦のためのセーフティネットを、どう整備するのか、などに具体策が、盛り込まれてしかるべきです。もう少し踏み込んでもらいたかったなと思います。
     

  • デフレスパイラルの防止への決意はいいのですが、金融危機に政府としてどのように対応するか、という具体案が伴いません。
     

■ 民主党の金融危機対策 

近日中に民主党では、金融再生ファイナルプランに基づき、「金融機能の再生のための緊急措置に関する法律」などを提案します。

我々は予算審議を一時中断してでも、金融危機対策を議論しないと、2月、3月大変な事態になるのではないか、と心配しています。
 
重要な課題については、「いついつまでに検討します」という、問題先送り的な発言、記述が目に付きました。
 
◆ 重要課題は先送り? 

例えば、

  • 「政府系金融機関の見直しについては、経済財政諮問会議で検討し、年内には結論を得ます。」

  • 「郵政三事業の在り方は、懇談会において引き続き議論を進め、夏までには具体案を取りまとめる予定です。」

  • 「首相公選制については、有識者による懇談会を重ね、幅広い観点から議論をしているところです。夏までには具体案を取りまとめることとしています。」

(何か他人事のようですね)などです。

◆ 方向性を示してほしい! 

別に、懇談会や委員会で検討することを、否定しませんが、せめて、かくかくしかじかの方向で検討する、という方向性を示さないと、総理が国会で演説する意味がないのではないでしょうか。
 
◆ 特殊法人は安泰? 

特殊法人改革も、

  • 道路公団改革を実施する第三者委員会に、どんな人が委員として入るのか、
  • その委員会で、個別の高速道路路線の、建設の見直しの審査をするのかどうか

といった、今後の改革の重要な論点についての説明が一切ありません。

もう道路公団改革は、国政の重要事項ではなくなったということでしょうか。
 
また道路公団、石油公団などの、先行法人の次にくるべき、残された多くの特殊法人改革については、「併せて、この改革の動きを促進するため、評価・点検を続けてまいります」という記述だけです。

これでは先送りされた特殊法人や、それらの特殊法人を抱える中央省庁は、一安心ということになってしまいます。
 
◆ 公共事業 

公共事業改革についても、全く触れられていませんでした。これだけ談合疑惑があとを絶たないのに!
 
◆ 外交 

外交面では「日・アセアン包括的経済連携構想」について触れていましたが、具体的な目標年限や協力内容(自由貿易地域の設定など)については、全く触れられていませんでした。

★こんなことだから、中国にばかにされて日本の頭越しに、中国アセアン自由貿易地域の構想を提案されるのです。もっと積極的にアジアとの連携を進めるべきでしょう。
 
また今回、あれだけの騒動を引き起こしたにもかかわらず、外務省改革については、「体制を一新した、外務省改革を強力に進める」という一言でした。

新外務大臣になられた、官僚出身の川口さんですら、「外交への特定の圧力は排除する、不当なものは受け入れない」と明言しているのですから、もう少し、小泉総理に当事者意識がほしかったというのが率直な思いです。
 
◆ 逃げた! 

医療保険改革についても、総理として、きちんと国民に伝えるべきサラリーマン本人の三割負担の問題などは触れられず、議論を逃げたという印象があります。

◆ 快適な都市づくり 

「都市計画にかかる規制を全て適用除外」とするという表現があったのには、一瞬耳を疑いました。

■私は規制緩和・撤廃論では、人後に落ちないつもりですが、都市計画規制を全て適用除外とするというのは、 一体どういうことなのか理解に苦しみます。

京都の街中など典型ですが、全国いたるところでひどい都市開発が行われているのは、日本にきちんとした都市計画の思想がないからなのではないでしょうか?

米国流の、市場経済万能主義的な規制撤廃には、疑問を持ちます。
 
◆ 最後に 

総理の演説の結びの部分というのは、総理の思いを率直に吐露すべき部分です。米百俵のエピソードなどは、個人的には小泉さんのポリシーが出ていたよい一節だったと思います。
 
今回の演説では、昭和天皇のお歌が引用されました。私は、これは禁じ手だと思います。
 
ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松そををしき人もかくあれ
 
というお歌自身には、このお歌が詠まれた時代背景とともに、私も深い共感を覚えます。
 
しかしそれを演説に引用することは別問題です。

  • 今上陛下ではなく、昭和天皇の、

  • お言葉ではなく、いわば文学作品である「お歌」である、 

  • 引用の趣旨も決して陛下の言葉の政治的利用ではない、

という言い訳がなされるであろうことは十分予想できます。
(こういう言い訳つくりは、過去にいやというほど、経験していますので)
 
おそらくこの引用については、官邸から宮内庁に対し相談はされていたとは思います。

しかし、私は個人的にあまりいい気持ちがしません。
 
国会で、政治的討論にさらされる総理演説に、陛下のお言葉を引用することは、「為政者」(一国の総理)として、慎むべきだと思います。
 
おそらく総理が、昭和天皇のお歌を使いたいと了承を求めた場合、皇室なり宮内庁は、それを拒まれることはないかもしれません。
しかしそれは、皇室としては、(すでに公になっている)お歌の使用を、拒否すること自体も政治的な関与なので、消極的に了承されたということではないでしょうか。
 
演説の締めくくりにくる総理の決意こそ、国会できちんと議論を行うべき演説の最重要部分です。その決意を、昭和天皇のお歌を借りて述べることは、昭和天皇の権威を借りて、自らの改革意欲を誇示しようという姿勢とも受け止められ、皇室の政治利用といわれても仕方ないと思います。
 
小泉総理が、政治と皇室との関係についてしかるべき慎みをおもちであれば、このような引用はすべきでなかったと私は考えます。
 
引用問題については、私の発言はこれ限りにします。
あとは国民のみなさまでよく考えていただければ十分です。

メールマガジンより

本質は権力の二重構造 2002.01.31

■本日は、この問題の本質について議論してみたいと思います。

なんども言いますが「言った、言わない」の真相究明に、私個人は関心がありません。

「言った、言わない」の背景に、与党有力議員からの、国際会議参加者に関する外務省への、何らかの働きかけがあったことは、ほぼ明らかです。

では、なぜ、外務省幹部が、アフガン復興会議という重要な会議の参加者について、自らの大臣の決裁も仰がず、外部の圧力によって、変更を加えたのでしょう。

それは、その議員を怒らせることが、あの田中外務大臣を怒らせることよりも、はるかに怖かったからだと思います。

◆二重構造

現在の、自民党政権下では、政府、各省庁の意思決定は、表裏の二重構造になっています。

  • 表は、政府部内の手続きです。
    各省庁の最終決定は、当然大臣がヘッドでありますし、内閣全体としては、閣議決定を経て、政府の最終意思決定がなされるわけであります。

  • 裏の意思決定
    同時に、自民党の慣行では、閣議決定(各省庁の判断で済むものは、閣議までわず、事柄の重要性に応じ、大臣決済まで必要なものと、そうでないものがあります)などの意思決定に際しては、事前に与党のへの根回しが必要になります。

◆族議員

この場面で力を持つのがいわゆる族議員です。

ここで登場するのが、今回の、騒動の主因のひとつである鈴木議員のような存在です。
鈴木議員は、外務大臣こそ経験されていませんが、外務・防衛の各政務次官、自民党でも外交関係の役職を歴任する、自他ともに認める外交族のドンです。

中央官庁は、閣議決定はもちろん、各省庁の判断であっても、重要な判断については、こうした有力族議員には、事前にお伺いを立てるのが通例です。

事情通の方は、外務省が広報パンフレットについて、鈴木議員に事前説明していなかったために逆鱗に触れ、その配布をとりやめる、という事件があったことをご記憶かもしれません。

ことほどさように事前根回しは重要ですし、こうした大物族議員には、大臣に説明しないような事柄であっても、うかつなことがあっては、あとが怖いので、
役所は、必要以上の説明をする癖がついているのです。

★ちなみに外務省の役人にとっては、田中大臣と喧嘩をしても、早晩田中さんは外務大臣を辞めますし、真紀子さんと仲の悪い自民党外交族からは、むしろよく体を張って筋を通した、といって評価が上がると、たかをくくっている向きもあるようです。

◆当然

したがって、今回のアフガン復興会議に、特定のNGOの参加を認めるかどうかについて、外務省の外にいる有力族議員には、説明がなされ、外務省の最高責任者である田中真紀子大臣に、説明がないということは、

自民党と霞が関との関係では、全く驚くべき事態ではなく、至極当然の事態といえるかもしれません。

野上次官が、記者団から「辞職の原因は(鈴木氏の意向を受けて)アフガン復興会議への特定NGOの参加を拒否したことを、田中大臣に報告しなかったことか?」と尋ねられて、直ちに、そうではないと答えたのは、そのあたりの、霞が関と族議員との関係を、如実に示すものです。

◆表

田中大臣と外務官僚との間に、いろいろな軋轢が、これまでも報じられてきました。

報道を伺う限り、おとなげないやりとりと思えるものもありましたが、私はそれを批判はしませんでした。

何故なら大臣というのは、その組織の長であり、多少わがままであっても、その言動は、常に国会によってチェックされているわけです。

いわば自らの言動については常に公に晒され、それを覚悟で、リスクをとって行動しているわけです。

外務省人事への介入についても、組織の長であるのですから、私としては、あえて批判しようとは思いませんでした。

◆裏

しかし、多くの族議員の言動というのは、国会でチェックされることはありません。

隠然と力を振るって、その行為については一切表にでることはない、そんな影響力の行使の仕方がまかり通っているのです。

もちろん、国会議員が専門分野を持ち、その分野について官僚と日常的に意見交換を行ったり、各省庁へのはたらきかけを行うこと自体は、決しておかしなことではありません。

しかし、一部の族議員と霞が関の官僚との関係は、明らかに常識を超えたものになっています。

私がこの問題で皆様に訴えたいのは、まさにその点なのです。

沖縄サミットの時の、警備スタッフの弁当を、なぜか北海道の業者が提供したとか、

各種のODAの事業の実施に当たっては、すべて事前に特定大物族議員の了解をとるとか、いろんな噂があり、どこまで真実なのかは不明ですが、外務省の友人に聞いても、一部の族議員の傍若無人ぶりは、あきれるばかりです。

◆はびこる

そして今回の話のみならず、この手の官僚と有力族議員の関係は、いろいろなところにはびこっているのです。

私がかかわった行政改革で、時の内閣の最高責任者が決定したことがらが、いとも簡単にひっくり返されたのも、まさに、こうした族議員と、霞が関の官僚との結託によるものです。

また、先日ある官僚と話をしていたのですが、1,2年前、当時の政調会長が、大蔵省の主計局長と、主要な主計官(予算編成を担当する課長クラスの官僚)数人をずらりと呼びつけて、かくかくしかじかの予算を、各省庁に何十億円ずつつけろ、と命令したそうです。

ある主計官が、余りに理屈のない予算なので、それでは国会で説明できないと抵抗を示したが、政調会長が激怒し、局長があわててとりなしたということです。

仮に、財務大臣(大蔵大臣)が、きちんとした理屈ぬきに、どの役所に、どういう予算をつけろという指示をしたとしましょう。

もちろんそれは、望ましくはありませんが、まだましなのです。

国会でそのことの説明責任を負うのは、財務大臣なんですから。

◆最低限ルール

問題は、国会で答弁責任を負わない議員が、過剰な介入を行うことです。

そうした介入があった場合、官僚は、すくなくとも、自分の役所のリーダーである大臣に、きちんと説明し、その大臣が政治的な配慮も含め、大臣の責任で、国会で説明がつくと考えた場合のみに、それを予算化する、それが、議会制民主主義の最低限のルールでしょう。

今回の外務省のNGO排除問題は、まさにそうしたルール違反です。

最近の特徴は、そうした最低限のルールもわきまえない蛮行が、増えていることではないでしょうか。

まあ、族議員の小物化、俗物化が甚だしくなると同時に、官僚も悪い意味で、政治化しているのかもしれません。

◆税制改革&税制調査会

私は、昨年12月の参議院本会議でも、政府税制調査会をはじめ、政府の税制改正検討と、自民党税制調査会の関係の見直しを論じました。(議事録は、下記ページを参照ください
    http://www.matsui21.com/gijiroku/1/011207.htm

財務大臣が、税制改革について意思決定するならともかく、現実には、税制改正は、自民党税制調査会という党の部会で、まさに業界団体、利益団体の利権同士の、バトルの結果、決まっているのです。

ですから、毎年の税制改革では、特定業界の利益になるような租税特別措置ばかりが議論されて、本質的な問題、すなわち課税最低限の見直しや、直間比率の是正などは、いつまでたっても先送りなのです。

この国の政策の決定をもっと、透明なものにするためにも、また、一部の業界の利権や、しがらみを断ち切った、国民本位の意思決定を行うためにも、私は、与党の事前審査制を思い切って廃止することが必要であると思います。

◆断絶

われわれ民主党が、政権をとったときのイメージがわかない、というご批判を、最近よく頂戴します。

確かに基本政策の煮詰めが、今年の最大かつ緊急の課題です。

しかし、ひとつだけ、われわれが、皆さんにはっきりと約束できるのは、民主党政権では、現在の自民党の族議員と、霞が関のような不透明で利権に絡んだ関係だけは、
断ち切れるということです。

われわれが政権をとれば、各分野の専門家の政治家は、各省庁に幹部職員として入り、名実ともに霞が関の各省庁の中で意思決定を行い、党の部会と、内閣の二重構造は、きっぱりとなくします。

そうすることによって、今は、各省庁の権限争いと、政治家の理不尽な介入によって疲れきって、すっかりやる気もプライドもなくしている、霞が関の官僚たちのやる気や、モラルも、回復すると信じます。

この国の政治家や、官僚の誇りを回復するためにも、真の国益追求のためにも、権力の二重構造の解消が必要です。

メールマガジンより

 

小泉総理の決断を受けて、今なすべきことは何か?2002.01.30


私の個人的な意見ですが、今後は、外務省の建て直しが急務だと思います。

特に特定の政治家が、ODAをはじめとして外交を私物化している、との疑惑をきちんと明らかにして、外務省改革と、日本の外交機能の強化、を図っていかなければならないでしょう。

同時に、今回の問題を、政と官との関係を見直すための大きな教訓としなければならないと思います。

  ● 政治は、官僚をきちんと指導し、
    行政の目指すべき大きな方向性を指し示す必要があります。

  ● 官僚は、政治の大枠の下で、
    公正な行政を行わなければならないのです。

何よりも相互の信頼が必要不可欠です。政治家、官僚双方の意識改革が必要であると考えます。

メールマガジンより                  

 

これは小泉さんの問題です 2002.01.30

◆事の顛末

アフガン復興会議へのNGO参加拒否問題で、鈴木宗男衆議院議員の関与があったかどうかを巡って、外務大臣に、外務事務次官や、外務省の中近東局長が、「鈴木氏の関与があった」と報告したと外務大臣と、「鈴木氏の関与について報告していない」と外務省の事務次官、答弁を、二転三転させている局長の答弁の食い違いが、審議ストップの理由です。


私は、この「言った、言わない」という水掛け論自体にあまり興味はありません。

私の経験でいえば、こういう議論が起こるときには、直接、問題になっている政治家が、特定のNGOを会議に出席させるなと言ったかどうかは別として、暗黙の圧力がかかったことは、間違いないでしょう。

そのことは大変おかしなことであり、問題になっている外交族のドン、いわれる議員の政治家としての資質に、疑問があることはあきらかです。

この問題は、田中外務大臣の指示によって、NGOの出席は認められ、アフガン復興会議も成功裡に終わり、「言った言わないの議論」でこれ以上紛糾することではなく、
今後二度とこうしたばかばかしい騒ぎを起こさないように、NGOとの連携強化を徹底するとともに、問題となっている政治家と、外務省との不透明な関係を明らかにしていくことが、緊急の課題だと思います。

◆統治不能?

私が、今回の問題が重要な問題を含んでいると思うのは、いやしくも国会で、外務大臣とその部下の官僚との答弁が食い違い、しかも、国会が空転していて政府統一見解が出されてもなお、その食い違いを解消できないことです。
要するに、現状では、田中外務大臣の下で、外務省という組織の統治が行えていないのです。

これはすなわち小泉総理の下で、政府の統治が行えていないということです。

皆さん、考えてみてください。株主総会で、会社の経営についての事実認識で代表取締役社長と副社長の見解が異なっていて、それを株主から追及されてもなお、その見解の溝が埋まらなければどうなるでしょうか?

取締役会で、社長と副社長が経営方針を巡って議論をするのは、大いに結構です。

しかし、株主総会で単純な事実関係について意見が対立し、その食い違いが解消されないような組織では、到底株主の利益は代弁されません。

こうした場合に、統一した見解を示せない経営陣が、退陣を余儀なくされるのは当然であります。

今、外務省で、あるいは小泉内閣で生じていることは、まさにそんな事態なのです。

これまでも、外務省内で田中大臣と官僚たちの間で、いろいろな摩擦が生じてきました。
 
◆ひとこと

私は、おかしなことだとは思いつつも、この場でコメントはいたしませんでした。

でも、今回の件では、さすがにひと言言わせてください。

私は田中外務大臣が、事務方の判断を覆し、NGOの会議への参加を認めたのは英断だったと思いますし、経緯はともかく、事務次官が、ここまで、国会という場で、自分の上司である大臣の立場を、踏みにじる発言を繰り返すということは、大臣よりも、自民党の実力者のほうに気を使っているか、あるいは、よほど大臣への忠誠心がないか、その両方かだと思います。

こんな状況では、日本の外交が機能不全になるのもいたし方ありません。

これは別の機会に意見を述べたいと思いますが、本来、日本が、中国にさきがけて、「アジア自由貿易圏構想」をアセアンなどアジア諸国に提示してほしいという期待感が
10年ほど前からずっとアジア諸国の間にはありました。

にもかかわらず、十分戦略的な検討も行わず、中国に頭越しでそうした構想をアセアンに提示され、日本は無視されている。

それにもかかわらず、ほとんど何の発言も行いえていないのが小泉外交の現状です。
一刻も早く、日本の外交を正常化するためにも、トップとナンバー2以下に決定的な亀裂がある現状を打開しなければなりません。

野上次官任命は、外務大臣が反対するにもかかわらず、官邸が任命した人物です。

この際、責任は外務大臣というよりは総理大臣にあります。

それにもかかわらず、小泉総理が、この問題を他人事のようにとらえておいでなのは
合点がいきません。
小泉総理の決断が今必要なのではないでしょうか。

メールマガジンより

郵政事業改革問題について 2002.01.28


 私は、京都府峰山町(京都市内からは車で3時間強です)にでかけ、全逓(郵便局で働く労働者の組合)近畿の北部交流会に、出席して参りました。
 
  組合の幹部の方が約40名お集まりでした。目的は私の国政報告と、皆さんとの意見交換でした。

  私は、この際、郵政民営化も含めた郵政事業改革について、意見交換するいい機会だと考え、 正直、吊るし上げにあうかもしれないなと思いながらも、郵政改革の話を切り出しました。
 
 ◆私が申し上げたことは、次のようなものです。

  • 私は、基本的に官から民へ、国から地方へ、この国の重心を移すべきという考え方を持っているし、そのことを選挙で訴えて当選させて頂いたと思っています。

  • また、まず民営化反対というと、公務員のエゴにしか国民には写りません。

  • しかし、民営化や民間企業を参入させる場合、あくまでもフェアな競争が大条件だと思っています。

  • クリームスキミングと呼ばれるような事態(おいしいとこどり)具体的には、  低料金でサービスを提供できる地域だけ、民間企業が行い、山間僻地は、全部郵便局に任せるといったやりかたはフェアでないと考えます。やるのなら全くイコールフッティング、すなわち対等の立場での競争が必要です。

  • これまで、新聞宅配や宅急便と比較して、郵便事業は、民営化できるといった議論は、こうした実態が見逃されているので、その点は留意が必要です。

  • 民営であろうと国営であろうと、本当に地域社会の人々が必要とされるサービス(介護や独居老人の巡回など)を提供する限り、そうしたサービスは、 国や地域が支えていかなければならないと思います。

  • 例えば、介護保険サービスがその典型例です。介護サービスは公営で行う必要はありませんが、そのサービスが提供されないと困るから、介護保険という仕組みを国が作り、市町村が運営しているのです。

◆ おなじことが、郵便事業や、郵便局が担っている社会的機能についてもいえると思います。

具体的に、郵政事業に携わる方々からは、単に郵便事業や金融・保険業務だけでなく、特に過疎地などでは、一人暮らし高齢者の方々の生活支援や、見回りなどの機能を担っていると伺います。

◆それならば、むしろそうした機能をもっと積極的に引き受けて、
  そうしたサービスの担い手として、
  社会の認知を受けるのも一案ではないでしょうか。

  • ただその場合でも、必ずしもまず公務員でなければいけない、という発想ではなく、そうした社会的機能が、十分に発揮できる体制であればよいのではないでしょうか。
     

  • なお、私は規制改革論者ですが、米国流の規制緩和・撤廃=善という考え方にはくみしません。規制撤廃はあくまで手段です。大目的である、自由で豊かで安心できる社会の構築のために必要なら、環境・安全分野などを中心に、規制の強化も必要だと考えます。 

◆どんな反応があるか、多少不安をもちながら、質疑応答の時間に入りましたが、
おおむね、私が言わんとしていたことはご理解いただけたようでした。
 
私も、一時は、全逓の皆さんのことを、誤解していた部分がありましたが、昨年末に少人数で、また今回、研修交流会のような場でお話してみると、

◆現場 

  • 現場で事業をされている方々には、むしろ郵政官僚が天下って、現場の悩みも知らずに、郵政事業を食い物にしているという批判もあり、この際、徹底的に議論して、本当の意味で、経営体として、合理的な郵政事業を作って行きたい、熱意すら感じました。

    「行革派」の私の意見を、どこまで受け入れていただけたかは別として、真剣に聞いていただけ、なおかつ、郵政事業の実態の問題点を、率直にご指摘いただけたことは有意義でした。

◆実態

例えば、郵政事業における下請けとも言える「逓送」事業を請け負う民間中小企業の悲哀の実例(ここ二年間で、一方的に下請け料金は3割カット、しかも、郵便局以外から、受注を受けてはいけないという規制がある)

  • 地域の集配実態、宅配便と郵政事業の関係(先ほどのクリームスキミングの具体的事例)

  • 過疎地における郵政外務員の方々の担っておられる役割

  1. お年寄りの中には、ATMも使えず、遠くの銀行に出かけることもできない方、

  2. また、郵便局の職員が、戸別訪問されるのを楽しみにしておられるような実例、

  3. 郵便局の職員が訪問して、具合が悪くなっているお年寄りを発見したり、

  4. いろいろな身の回りの相談に乗っているという事例など

などのお話は私にとっても、大変勉強になりました。
 
まだまだ、具体的な改革の各論になれば、いろいろと意見の隔たりはあるかもしれませんが、私は真の改革を行うときに、こうした現場の方々との意見交換が不可欠だと思います。
 
■小泉内閣の改革に最も欠けているのがまさにこの点です。

小泉さんは一体どこまで道路公団問題について、現場の声を聞かれているのでしょうか?

現場にとらわれていては、思い切った改革はできないという議論もあるかもしれません。
   
しかし、現場の声を聞かず、抵抗勢力の族議員の声ばかりを聞いて、彼らと妥協をするから、問題の解決策が、見出せないというのが本当のところではないでしょうか?
 
◆道路公団問題を長く議論して、思い切った改革案を出されている前原誠司衆議院議員(民主党ネクストキャビネットの前国土交通大臣)も、私も、抵抗勢力族議員の意見は聞かないが、道路公団で、まじめに、社会資本としての道路整備のあり方を検討しておられる現場の方の意見は聞いているつもりです。

◆模索

私は、まだまだ郵政事業改革については勉強中の身ですが、今後とも現場をささえる方々の意見は聞き続け、場合によっては、そうした方々と四つに組んで改革案を模索する、それが政治家の務めだと考えます。ひとつ間違えば、現場のしがらみを改革議論に持ち込むことにつながりかねない問題は、十分に認識した上で、政治家が、どうしても通らなければならないプロセスだと思うのです。

 メールマガジンより

2002年 通常国会 初日 2002.01.21

いよいよ私にとって、 議員として迎える初めての通常国会の開幕です。

◆ 今国会は、いよいよ深刻化する経済状況の下での、金融危機への対応、有事法制など、安全保障についての基本認識、特殊法人改革や規制改革など、先送りされている行政改革への対応、とどまることを知らない経済の空洞化と、 深刻な雇用危機への対策、税制の抜本的な改革のあり方などが問われる国会となりそうです。

◆また、われわれ民主党にとっても、今年は胸突き八丁の年となります。

いかに、党としての、上記の懸案への対応を決めていくのか、誰を、次代のリーダーとするのか、政界再編の動きに対して、どのように臨むのか、今年は、2,3年後に振り返ってみて、あの年が、時代の大きな曲がり角だったんだなと、思えるような年になるのではないかとの予感がいたします。

その分、われわれ若手が,この一年を全力投球することが必要不可欠です。


 またまた平日単身赴任の生活が始まりますが、気合を入れて頑張りますので、よろしくご指導のほどお願い申し上げます。   

2002.01.21        松井 孝治

2002年 抱負 2002.01.01

皆様、あけましておめでとうございます。
松井孝治です。
 
新しい年がはじまりました。わたしにとっては参議院議員として初めて迎える新年です。
 
昨年一年は、まさに世界にとっても、私自身にとっても「戦」という一文字が象徴する年でした。
 
自分の20代、30代を過ごした官僚としての人生を捨て、参議院選挙戦に挑み、激戦を何とか勝ち抜くことが出来ました。
 
しかし「戦」や「剣」だけでは、未来を創り出すこと、は出来ません。
 
今の日本は、余りにも多くのものを抱え込んで、身動きできない状況に陥っています。官僚と族議員が癒着して既得権益を死守する構図。相変わらず霞が関が中央統制で日本の経済をコントロールしようという姿勢。そして、何かといえばそうした古い政治と行政に依存しようとする体質。
 
問題があるのは官僚制度だけではありません。また自民党政治だけでもありません。われわれ民主党のあり方にも大きな課題があります。
 
政府と与党がいつも二本立てになっていて、誰が真の責任者かわからない日本の議会制民主主義のいろいろな慣行を見直し、地方自治の仕組みは、道州制を視野において変革しなければなりません。

いろいろな批判はありますが、私は依然として首相公選制を支持します。
 
経済的に厳しい状況が続いたとしても、自分たちの世代さえよければよいというような、利己主義的な考えに立った政策は行うべきではありません。

経済的利益もさることながら、精神的な気高さや人間としての誇りをより大切にする、そんな個人を、地域を、国家を、社会を築かなければなりません。
 
あらゆる古き悪しき構造を削ぎ落として、新しい日本のかたちを見いだしていくべきときが到来しています。
 
私の人生の目的は政治家になることではなく、ましてや政治家であり続けることでもなく、政治家として、現状の日本と世界を「変革する」ことなのです。
 
一人の政治家として、人間として、今年は日本の政治の、行政の負の遺産を打ち壊し、新たな時代にふさわしい仕組みを、創り出すことに全力を挙げるべき年であると考えています。
 
そのために、私、松井孝治は、あらゆる先入観や既成概念を捨てて、力一杯頑張ります。

皆さんが私を政治の世界に送っていただいたのは、そのことを期待していただいてのことと思っておりますから。
 
本年も何とぞよろしくご指導を頂きますよう、心からお願いいたします。
 
今年が、世界、日本、京都、そして皆様にとって、平和な年と なり、また変革の年となるよう、心からお祈りいたしております。

   平成14年元旦                     松井孝治

(メールマガジンより)

道路公団問題を考える 01.11.06
  皆さんご承知のように、日本の高速道路は、日本道路公団に代表される特殊法人が建設しています。

  ◆収益は、赤字路線建設へ

  東名・名神のように交通量も多く、建設後十分な時間が経過をしている高速道も、プール制という方式を採用しているため、儲けた利益は、次の高速道路の建設のためにプールされます。

 本来なら儲かった分だけ通行料が安くなるはずがそうならず、およそ収益性のない地方の高速道路建設に、どんどんつぎ込まれるという事態を招いていているわけです。

  すでに日本には、約7000kmの高速道路が完成しておりますが(その多くは赤字路線です)、今の計画ではこれに加えて、あと2300kmもの高速道を建設する予定なのです。

  ◆償還可能?

  国土交通省は、これらの高速道は、将来需要見通しから見て50年後には償還可能、すなわち使用料金をただ(0円)に出来るとの見解を有しています。

  東京湾アクアラインや、本州四国連絡架橋の需要見通しの、大幅な水増しを見ても、国土交通省の言い分は信頼できません。

 現に国土交通省は、今後20年間は交通量が年率1.4%で増えつづけることを前提としています。

しかし、

  • 今後、地方の不採算路線の増加が、見込まれること、
  • 人口減少によって将来需要は伸びが見込めないこと、
  • 建設費は、これまでの事例でもわかるとおり、当初計画よりも膨らみやすい

 という事情を考えれば、そんなに好都合に物事が運ばないことは明らかです。

 仮に、交通量が予測を1割下回れば、50年後には借金残高が、31兆円になるのです。

 ◆Free Way

  欧米の高速道路を利用された方は、おわかりのように、それらの高速道は文字通りFree Wayです。

 日本のように、高速道を2、3時間走れば、何千円も料金を徴収される、といった非常識な国は、国際的にはまず見あたらないのではないでしょうか。

 ◆現状では不可能!

  かくいう私も、京都府全域を車で走り、その広さ、道路整備の遅れを身をもって体験しております。

 財政状況が許せば、

さらなる高速道路整備が、地域の経済のためにも必要であること、地元、京都のインフラ整備に努力することも、国会議員の任務の一つであることは、わかっているつもりです。

  しかし、上に述べたように、採算性を無視して、あたかも「将来的には(といっても50年後!しかもいろんな前提が合致してはじめて)利用料がただになります」といった欺瞞的な宣伝をして、これ以上の高速道路網建設を、強行することは、未来の世代への冒涜であると考えます。

 ◆私の提案

 そこで、この部分は多くの自民党議員とは考えを異にし、唯一小泉首相とだけは見解を同一にしますが、

 私はこの際、

  • 現在の高速道路建設計画は、一旦すべて凍結し、
  • この道路整備計画の源流が計画された、昭和40年代との社会経済環境の相違を踏まえ、
  • 今一度、真に建設が必要な高速道、
  • 高速道ではなく一般道として整備すべき道路、
  • 今や不要と考えられる道路、に峻別し、
  • 新たな道路整備計画を世に問うべきである


 と考えております。

 その見直し期間に道路公団の民営化の手法も検討できるはずです。

 ◆道路族の言訳

 道路族は

  • 9342kmの道路整備計画には一切手を加えず、
  • 工事費のコストダウンと、
  • 一部高速道路の直轄事業化
     (要は道路特定財源を温存しそこに活用する)

 をもって、小泉改革としようという動きもあるようですが、こんな業界温存策では、問題は解決しません。

  ◆党首討論で論戦!

  私はこの問題は、必ず、今国会において小泉首相と鳩山代表の党首討論で、きちんとけりを付けるべきであると考えております。

  テロ対策特別措置法案の時のように、取り巻きが問題を仕切るのではなく、小泉さんが、構造改革の本丸として位置づける特殊法人改革の、そのまた本丸の道路公団問題であるだけに、自民党も是非とも正々堂々と、論戦を闘わせてもらいたいと思います。

 ◆本物の改革を!

  一部には、折角自民党が、建設族主導で小泉改革を骨抜きにしようというのだから、そのまま骨抜きにさせて、民主党はそれを攻めればよい、と言う考え方もあるかもしれませんが、私はそうは思いません。

  構造改革の本丸であればこそ、仮に真剣な議論の結果、小泉さんの人気が上がる結果になろうとも、10年後、20年後に評価されるべき改革案を示すべきである、と考えているのです。

 ◆ご意見を聞かせてください

  私も、京都府下を選挙区とする政治家として、道路整備の問題について、ここまで申し上げるのには辛い部分もあります。

 例えば、京都縦貫道の全面開通は、京都府民の悲願であることは実感しております。

 でもだからこそ今、問題提起を行いたいのです。

 この問題について読者の皆さんで、ご意見がおありの方は是非ともメールを下さい。
                 松井孝治 

米国におけるに憎むべき事件 2001/09/26


 今回の米国における同時多発テロは、米国のみならず、世界の民主主義、及び自由主義への、重大な逃戦であると考えます。この許し難い凶行の犠牲となられた方々に、心から哀悼の意を表させて頂きます。

世界の中でも、平和の価値を、最も尊重する我が日本国民の一人として、そして、党派を超えた一人の政治家として、今回の凶行を心から糾弾いたします。

そして類似の愚行・惨事の再発を、防止するために、我が国があらゆる努力を惜しんではならないことは、いうまでもありません。

我が国として、かかる凶行を許さないという断乎たる意思を、国際社会に示すとともに、かかる愚挙を生み出した構造的な問題の解決に、より一層の努カを行うべきであります。

まずは、近い将来に予想される、米国の報復への、我が国としての支援の在り方について、さらに、より本質的には、主権国家としての、日本の国際紛争への関与の在り方が、再び問われることになります。

民主党としても、また、我が国全体としても、その国家観が問われるだけに、早急に、党内及び国会で、議論を行うことが必要であります。

やっぱり新鮮です! 2001/09/26
  私は、役人時代に首相官邸や国会議事堂の中で、恒常的に仕事をする時期があったものですから、周囲の方からは、

「余り新鮮味がないのではないですか?」

と聞かれることも多いのですが、見慣れた風景でも、役人として見るのと議員として見るのとでは、大違いで、毎日、新鮮な日々を送っております。

次の世代のために 2001/08/28
 松井孝治です。HPをご覧の皆様、メルマガ読者の皆様、大変ご無沙汰してしまい申し訳ありません。

 参議院議員の議席を頂いて一ヶ月が過ぎました。この間、特別国会を経て現在は東京と京都とを一日一往復の生活を連日続けております。

 民主党も新体制となり、来る臨時国会に向け様々な勉強会が実施されるなど慌しくなってまいりました。

 次の世代のために今何ができるのか、そんなことを真剣に議論できる有意義な国会となるよう、私も精一杯尽くしてまいります。2001/08/28

本当の改革のために
 松井です。日々私の政治活動を支えてくださっているみなさま、いつも本当にありがとうございます。おかげさまで少しずつ、改革をともに支える輪が広がってきているのを実感しています。

 しかし、肝心の改革はいまだに実現しておりません。改革が骨抜きで終わりかねない今、私は苦しい日本の現状をこのまま見過ごすわけにはいきません。

 ここで、私の活動、今一度整理して皆様に知っていただきながら、ムードに流されない冷静な目で、政治を見つめていただきたいと思います。(詳しくは下記の各ページをご覧下さい)

◆脱官僚で、裸一貫◆

  「官僚」という殻を(そのシンボルであるネクタイまで)完全に脱ぎ捨てて半年あまり。しがらみ政治を打ち破るために、裸一貫、北へ南へ駆け回っております。その様子は、毎日更新のトピックスやフォトギャラリーでご覧いただけます。

◆改革のための政策にとことんこだわる◆

  この2、3年に政治が改革をきちんと行えば、日本に住む人々は再び明るい暮らしを取り戻すことができます。私は、松井の主張で挙げているような分野で必要な改革を徹底的に行うべきと考えます。

◆徹して現場から学ぶ◆

  現場主義が私の信条です。頭で考えただけの「机上の空論」や、既得権益を持つ人々の「ご都合」、勢いや思いこみだけが先立った「掛け声」に惑わされず、現場で苦労をなさっている方々の話にしっかり耳を傾け、本当に必要な改革をともにすすめなければなりません。

◆対話の中に真実がある◆

  改革は一人の力では成し遂げられません。私は、有権者の皆さんとの対話、例えば「ぶっちゃけトーク」をはじめとする対話集会、ホームページのフォーラム、街頭演説、メールマガジンi-mode、直接的か間接的かは問わず、ともに解決策を考える機会を積極的に持つようにしています。

◆国民、子どもたちのために我々世代の責任を果たす◆

  今大切なのは政党同士の批判のしあいではない。どのようにすればこの日本が沈没せず、国民がより住み良い暮らしになるか。そして私の3歳の息子の世代が20歳、40歳になった時に、自信を持って引き継げる日本でなければならない。それが我々の責任です。

一人の親として
 私松井こうじには、3歳になる子どもがおります。現在京都府下でお配りしている後援会入会用のリーフレットの表紙に私と写っている子どもがそうです。

 子を持つ一人の親として、どうやって育児と仕事をはつらつと続けていくか、考えているところです。

 実際、皆さんの中にもいろいろな声があります。

 「子どもが急に熱を出したんだけど、有給休暇も残り少ないし。なんとか、子どもの看護のための休暇が取れれば助かる。」

 「今度二人目が生まれるんだけど、上の子の面倒はオレがみたい。短時間でも、育児休業を取れれば」

 「保育園のお迎えは夕方の6時まで。子育ての期間だけ、仕事の時間を短縮したい」

 「6ヶ月の期間契約で働いているけれど、もう5回も更新している。雇用保険は払っているのに、育児休業、介護休業はとることができないって、会社に言われました。これって、おかしくないですか?」

 皆さんのそんな思いをどうやって生かしていくか、どうやって応援していくか、私も民主党も知恵を絞り、また「仕事と家庭の両立支援法案」というかたちで行動に移っています。例えば、こんなことです。

 小さな子どもの病気・ケガの看護休暇を当たり前にしていくこと。

 小学校に入るまで育児休業を取れるようにすること。お父さんも取りやすいしくみを新提案。

 子育てのために勤務時間の短縮を請求できるようにすること

 期間雇用を継続、延長している人がきちんと育児・介護休業を取れるようにすること。

 ちょっとしたことなのにそのままになっていること。
 子どもたちのために私はそんなことにひとつひとつ取り組んでいきたいと思います。

For Generation Next 次の世代のために
 この国の財政が向かっている方向、皆さんお気づきでしょうか。

私の目には、今の日本が、高齢化で取り崩すことがわかっている貯金を信じて無理な借金を続けている人のようにうつっています。なぜでしょうか。

 現在の日本の個人の金融資産は1300兆円にものぼります。これに対して国の借金の残高は、GDPの約1.3倍にあたる650兆円程度です。

財政赤字というのは、「政府部門の負の貯蓄」といえますが、我々は民間部門で1300兆円のプラスの貯蓄を持っていますから政府がマイナス650兆円の貯蓄をしても十分まかなうことができます。

 さらにいえば、この状態がいつまでも続けられるのであれば財政赤字はさほど大きな問題にはなりません。無責任な政治家が言っているように、景気を良くするためならいくらでもお金を使えばよいということになります。

 しかし、誰がどう考えてもこの状態が続くはずがありません。なぜならば、我々は将来取り崩すために貯めているからです。

団塊の世代はあと10年もすれば取り崩しの年齢に入ります。この世代は他の世代よりも6割ほど人口が多いためこの世代が貯蓄を増やし続けている間はたいした問題は起こりません。

しかし、取り崩すようになったら一挙に問題が噴出します。

 団塊の世代が取り崩すようになった時、きわめて深刻な問題になるのは残された世代です。国が作ってしまった借金に対してこどもたちに選択肢はありません。必ず全部引き継がなければなりません。

 要するにこの問題は、団塊の世代以上の世代が次の世代のことをどのくらい真剣に考えることができるか、という問題だといえます。

我々は、家族思いでこどもを大事にしたいと思っているはずなのに、子どもの世代を食い尽くすことになりかねない方向に社会の流れが向かっているのです。私は政治家としてこの流れを止めたいのです。

民主党京都2001躍進パーティーへの参加、
ありがとうございました!
 3月25日、リーガロイヤルホテルにて、民主党京都躍進パーティーを開催いたしました。小雨のちらつく中、京都府下一円から1000名を越える方々の参加をいただき、大盛況のうちに会を終えることができました。皆様、ご多忙のところ、様々な形でご協力いただきまして本当にありがとうございました。

 会の中で私松井こうじも挨拶の機会をいただき、また一つ一つのテーブルをまわって(駆け足で失礼いたしました)皆様とお話しする機会をいただきました。

かたい握手をしてくださる方、拍手でエールをおくって下さった方、おひとりおひとりに励まされました。地盤も看板もなく、お金もない中で、私の宝は、支えてくださる皆様のお気持ちだと改めて痛感いたしました。

私松井も、不慣れとはいえ、まだまだ礼を失するところもございますし、訴えがわかりにくい部分も多々あることと存じます。ぜひ皆様に遠慮なくご指摘いただき、また議論をさせていただきたく思います。

また、どんな小さなことからでも結構でございます。ぜひ松井をお助けください。そして共に日本を住みよい場所にしていきましょう!

日本教育再生の切り札、バウチャー制を考える
 21世紀の国づくりの基本は教育です。しかし、昨今の議論では現場の方々の尽力にもかかわらず、なかなか21世紀の教育のあり方、突破口を見出すことができていません。どうすればよいのでしょうか。

 私は、子どもや家庭や地域が「自分らしさ」「地域らしさ」を伸ばしていける教育を実現することがもっとも必要なことだと考えています。

しかし、政治が教育分野で具体的にできることは少ないのも事実です。

そこで、私は「らしさ」を伸ばすための「自ら選ぶ教育」を推し進めるしくみを政治において実現したいと考えます。それが、「バウチャー制」です。

小学校から大学まで、教育機関は原則民営化し、自由に設立させ自由に教育内容を決めさせる。基礎的な教育費用は、政府がバウチャー(教育費専用の商品券)の形で国民に交付する。

国民は自分の希望に添って自由に教育機関を選ぶことができ、そのバウチャーを用いることができるものとするのです。教育機関は相互に競争することでその質を高めることができますし、何より子どもたちにとって周りの大人ひとりひとりが、何が一番必要かを今一度考え直すよいきっかけになると思います。

「健全な対案」とそのアピールの難しさ
 宇治市内3ヶ所のおいて、有権者の方とお話をする機会をいただきました。

私の志や思い、実現したい政策(具体的には行財政改革や地方分権など)などをお話ししました。主婦の方が中心だった集まりでは、今の政治をどうすべきかといったこと、男性が中心だった集まりでは、農業問題から安全保障政策までといった具合に、話題は多岐にわたりました。

 これらの話の中でみなさんがおっしゃっていたことは、

「国会の議論がだらしない」

「今の国会議員に建設的な議論ができるのか」ということでした。

やかましい野次は子供も見ているので止めるべきだという意見はもっともです。

きちんと政策の議論をすること、参加者の評価の高かった「緑のダム」構想のような、現状に対する民主党なりの対案のアピールを徹底することこそ、本当の意味での責任政党に民主党が成長していけるきっかけとなると考えます。

この健全な対案をともに考えるきっかけ作り、みなさんも参加していただけますか?

生活の実感、現場の知恵

 八幡市、京田辺市、相楽郡で、それぞれ、10数人の方とひざをつきあわせてお話をする機会をいただきました。私が国政を志すにあたっての決意に始まり、なぜ役人を辞めたか、どんな政治を目指すのか、具体的にどんなことを実現したいのかなど率直にお話をいたしました。私としては本当に楽しい時間でした。民主党はもっと具体的なビジョンを示すべきだ、といった厳しい注文もいただきました。

 私は、よいアイデアは、こういった人々との交流の中からこそ見つけうると考えていま
す。 私も必要な政策を準備して臨んでおります。しかし、我々の生活を豊かにするための本当の答えは、生活の中にあり現場の中にある。生活の実感、現場の知恵、ぜひお聞かせください。直接伺わせていただきます。

ありがとう そして さようなら 霞ヶ関



みなさんこんにちは。松井こうじです。

これまで東京の霞ヶ関にいる中央官僚は、日本の繁栄のために大きな貢献をしてきました。それはまぎれもない事実であると思います。私もこれまで微力ながらその一端を担ってまいりました。

しかし、そのやり方がこれからも通用するのでしょうか。
官僚に力が集中されている限り、日本はうまく運営されていくのでしょうか。

私はそうは思いません。
自分が所属するグループの利益を守ることばかりに躍起になる、自浄作用を失った官僚組織からは外交機密費問題に代表されるように次々と問題が発覚しています。こうした中、既存の組織の中で改革を目指す人もいれば、私のように新天地を目指して霞ヶ関を離れていく人もいます。

それに気がついてきているのは、私を含めた一部の官僚ばかりでしょうか。
何より、この国に住む人々こそ、世の中の構造がおかしくなっていることに気が付いている、まさにその人だと私は思うのです。どうやら新しい日本のかたち、新しい政治の形が、この日本に必要な時期がきているようだと。

でも、結局自分たちには関係ないのではないか。
そもそもそんな気持ちの受け皿はあるのか?また一部の人で「おいしいところ」を持っていく政治になるのではないか?

私は皆さんの気持ち、少しでもおかしいと思ったことを変えようとするその勇気の受け皿になりたいと思っています。

新しい政治で、時代に見合ったシステムを作り、この国に住む人々の暮らしをより良くしていくために、私はあえてこう言いたい。

ありがとう
そして
さようなら 霞ヶ関




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