日本経済新聞 2000年11月23日(日)

自己改革なき日本の限界

抜本改革のリーダー不在 加藤(寛)氏
日本の留学、魅力薄れる 遠藤氏
自由貿易協定をテコに  田中氏
日米同盟不要論は危険 加藤(良)氏

経済論壇から
学習院大学教授 奥村洋彦

 日本経済の先行きは再び雲に覆われ、株式市場は低空飛行を余儀なくされている。こうした事態は「改革なき問題先送り」で日本がどこに向かおうとしているのかが明確でないまま、一方で超低金利政簗や財政赤字拡大政策で異常にアクセルを踏み不確実性を高めている現下の政策に起因する。問われている課題は広く根深い。

国内的には政治、行政から教育に至る様々な場で、内部から主体的に変革する力があるかという問題だ。

対外的には、世界に何を訴えるのかという外交問越である。

◆ ◆ ◆ ◆

 加藤寛千葉商科大学長は「日本はIMF(国際通貨基金)管理になるしか道はない」(論争東洋経済11月号)で、自己改革の不在は、実は政治家、官僚、そして、一部民間企業にも当てはまる日本全体の病だと嘆く。

加藤氏は長年の政府税制調査会会長の経験を踏まえ

「政治家の国家意識のなさ、不見識に大いに失望した」

「政府が改革を実行しょうとしても、官僚が異を唱え、族議員員がこれに同調し反対する。

……結果として何もできない状況に陥ってしまう」と日本の危機の本質が政策決定の場にある点を突く。

 

 この現状を打ち破るには、強い国家意識と責任感と国際感覚を備えたりーダーシップが必要だが、政官財マスコミのいずれにも期待できないまま時間切れになりそうなので、抜本的改革を断行できるようIMFに身をゆだねた方がよいと極言するのである。

こうした政策決定に関わってきた当事者による見解の表明は説得的で清清しい。

松井孝治通商産業研究所総括主任研究員の「霞が関からピラミッドの解体を」(論座11月号)も現役官僚自らによる正鵠(せいこく)を射た鋭い観察だ。

松井氏は現状を「局所優先的な思考、マクロ的な規律の欠如、集団的無責任体贋」と特徴づけ「この待ち場主義を最も象徴しているのが、分担管理とコンセンサスを基軸とした官僚制の意思決定システム」と自らの機関の変革の必要性に言及する。

そして、明年からの省庁再編などの組織改革はいわばハードウエアの側面についてであり、別途、ソフトウェア部分とも言えるこの意思決定システムの抜本改革が不可欠とする。

 個々の経済主体による内なる変革が急務である。

具体例として遠藤誉筑波大教授
「中国の教育改革にみる日本の知的戦略のお粗末さ」(論争東洋経済11月号)は、中国人留学生の日本離れを現場で見て、日本の教育改革の遅々として進まない状況と戦略性のなさを厳しく指摘する。

遠藤氏は中国人留学生の日本への関心には、一九八○年代の熱気はもはやなく、九〇年代半ば以降不人気ぶりが目立ってきたという。

 

 その原因は、米国への留学などと比べて、卒業後の就職が有利でないといった要因も出てきているものの、より本質的には、中国の国内大学で「教育を制覇するものが二十一世紀を制覇する」との理念の下、教育大改革が進んで、教育評価を厳しくし、学力の低い学生には学位を出さないという動きが広がる中で、日本の大学の教育内容自体の悪さが浮き彫りになってきたことにあると指摘する。

◆ ◆ ◆ ◆

 経常コンサルタント人前研一氏は「『国益なき外交』の罪は重い」(Voice12月号)で日本の外交力の弱さを突く。

「日米関係の歪(ゆが)みは単純なものではない。

金利の上げ下げから電話の接続料金まで……こと細かに指図される。

……しかも、そうした指図のかなりの部分を、米国を使って自らの国内.勢力の伸張を図ろうとする日本人自身が誘発している」とし、官僚も政治かも財界も同罪だという。

その上で日米安保条約の、見直しや政府開発援助(ODA)資金の投入方法の再検討も迫り、外交全般の再構築と人事改革を要求する。

 

 田中均外務省経済局長は「日本経済外交の新展開」(中央公論11月号)で、日本の現在の深刻な危機を打開するには、市場機能だけでは十分でないうえ、従来のように米国の「外圧」に頼ることもできないとする。

そこで田中氏は、求められる何か新しい「変革を促す効果的なツール」として、米国や欧州の近年の躍進が、人・物・サービス
・資本のより自由な移動によって生まれたことを考慮し、日本も自由貿易協定の締結を積極的に進めるべきだと、検討を要する一つの視点を提示している。

 

 これに対し、加藤良三外務審議官の「日米同盟の空洞化を恐れる」(同12月号)は、海洋国家日本にとって「すべてのシーレーンを安定させておく、あくまで開かれたものにしておく、おくよう必要最小限の備えを確保しなければならない。

そのために日米安保体制というものがこれまでいちばん有効な枠組みであった」とし、現在の安保体制に本質的な影響を与えるのは、むしろ米国が態度を変え、例えば安保不要論に向かったときなのでは、と指摘する。

加藤氏は、日米関係の見直しにはよほどの覚悟が必要だということを示唆しているのであろう。

 

 国家感情から国益にたって考えると、各氏の主張はそれぞれ首肯できるところであろう。

しかし、その費用対効果を国民に十分理解できるところまで、日米関係にかかわる情報作成と開示が進んでいない以上、判断は難しい。

 

 さらに、時代背景の変化につれて費用対効果も変わってこよう。

たとえばグローバル資本主義の下、世界の軍事・国際情勢をまず米国が把握し、日本は常に米国の後に情報をを入手するのでは、国際金融取引で米国が日本より有利な局面がしばしば出現してしまうのである。

情報技術(IT)革命とグローバル化が急進展する中での外交戦略や日米関係のあり方について真剣な取り組みが求められる。

◆ ◆ ◆ ◆

 日本の当局は、政策決定に「全会一致」を基本とする慣行があるため、国民に、一つの政策を示すのみで、政策メニューを提示しない。

このために、政策決定者はコンセンサス主義ゆえに責任の所存は不明確、国民は選択の権利も義務もないゆえ不支持(ネガティブ)のコメントに終始しがちという無責任体制に陥っているのだ。

「批評する力はあるが実行ずる力がない。こういう技術者では自動車は出来ぬ」。

終戦直後の混乱の中で技術者を説得したトヨタ自動車の
豊田喜一郎氏の言葉を今一度かみしめなければならない。


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