中央公論 2001.05

霞ヶ関からエース官僚が逃げはじめた

これまでは、出世の望みの薄いパッとしない人材が外部に活路を求めていった
ところがいまは事務次官も狙えるエース級が相当な勢いで辞めているという

西村 健(ジャーナリスト)

葬られた若手の改革案

 ここに一つづりのペーパーがある。一向に回復の兆しが見えて来ない景気の惨状。累積する一方の国債残高。低迷する株価。相次ぐ企業倒産-----。日に日に閉塞の度を増すかに見える日本経済に何とか再生の光を当てるため、まずはその司令塔たる中央官庁のあり方を根本的に改めようと図った"行財政基盤刷新制度案"だ。

 作成したのは「このままでは日本は破滅への道を直進するだけ」との危機意識に駆られた、有志の若手キャリア官僚グループ。

「このシステムを導入することにより、ある日突然、日本がよくなるというものではないが、それでも霞が関-----引いては日本全体が再生への道を歩み出すために、何とか新しい礎となる指針は作れないか」

 と独自の研究を積み、学者の意見も参考にしながら会合を重ねて作成したものだという。夜も昼もない激務に追い回される中央官僚の日常。その合間を縫って試行錯誤を繰り返し、これだけの案を作り上げた彼らの努力と苦労のほどは想像するに余りある。が-----。

 ようやくでき上がったこの案を役所の上層部に見せてみたところ、その反応は文字通り「ケンもホロロ」だった。それも中身のできが悪いからではない。逆だ。あまりにできがよいためだったというから、これほどやり切れない話もないではないか。そもそも作成途中で国内外の識者の意見も取り入れてみたというこの案が、決して独りよがりの机上の空論でないことだけは確かなのである。

「要は、このシステムを導入するということは、従来のシステムを否定することになる。つまりは先輩諸氏のやってきたこと、これまでの行政のあり方そのものを否定することにつながる、というわけです。しかし否定するも何も、実際これだけ日本経済が疲弊しているんだから、これまでのやり方が誤りだったことは誰の眼にも明らかじゃないですか。なのに…」

 結局は「前例踏襲主義」という霞が関独自の“前近代的”捉が、正義感あふれる若手官僚らの"やる気"をあっさり潰してくれたというわけだ。"司令塔"がこんな有様なのだから、日本全体が停滞してしまっているのも、いわば当然の事態かもしれない。

サッサと辞表を提出

 こんな-----日本の現状以上に閉塞感あふれる-----中央官庁の街、霞が関。そこから今や、想像を絶する速度で頭脳流出が進行している。優秀な官僚ほど旧態依然たる霞が関の現状にさっさと見切りをつけ、政治や民間の世界へ転身しているというのだ。

「従来、役人を辞めて政治の道へ進む人たちというのは、役所の中ではいま一つパッとせず、内部の出世に見切りをつけたタイプが多かった。あるいは、OBを組織的に族議員化させ、国会内での利権確保に省を挙げて努めてきた建設、農水両省出身とかね。それが最近、変わってきているんです」

 そう、最近の動向を指摘してくれたのは、とある外務官僚だ。

「ここ二、三年の傾向でしょうか。そのまま役所内にいても十分出世の見込める人が、サッサと辞表を提出して国政の場へと打って出ている。それも自民党からという王道じゃない。野党から出る人が増えてきているんですよ」

 この七月に予定されている参院選を前に、地元京都からの出馬を目指して着々と準備を進めている松井孝治氏(40)もその一人。83年に東京大学教養学部から通商産業省(現、経済産業省)に入省した同氏は、大臣官房総務課で法令審査を担当したり、行政改革会議に出向して省庁再編の原案を作成するなど、常に重
要政策の中核に関与し続け、"83年組のホープ"と目されてきた。"将来の次官候補"と見る向きも決して少なくはなかったのである。それが、せっかくのキャリアを振り捨てて、先の見えない政治の道へ。それも-----先の外務官僚の指摘通り-----野党、民主党からの出馬を目指しているのだ。

「確かに役所のなかにいた時には重要な仕事を任せてもらっていました。そのまま居続ければ、それなりに出世もできたかもしれません。しかし仕事をする上での充実感という意味では、出世すること、事務次官になることがそんなに幸せなのか?問題意識があるなら、権限ある地位にまで出世して自由に改革をすればいいだろうと言うけれど、実際には組織内で出世していくなかでさまざまなしがらみがついてきますからね。

 ましてや事務次官ともなれば長としてその組織を守る責任を負ってしまう。国のためならこの組織は潰すべきと思ったとしても、それは言い出せない立場になってしまうわけです。だからそんなしがらみがつく前に、本当に自分のしたいことができる立場になろうと思いました。たまたま民主党さんからお誘いもあったものですから。これを機会に昨年の十月に通産省を退職したんです」

 こう語る松井氏だが、ちょっと待ってほしい。前述の通り、同氏は行政改革会議に調査員として出向し、省庁再編の原案を書いた一人ではないか。従来一府二十二省庁存在した中央官庁を、一府十二省庁に削減し、「戦後最大の行革」と銘打たれていた今回の再編劇。なのに、いよいよその再編が実行された今年一月六日を待つこともなく退職-----。

 つまりは今回の再編劇が名前ばかりで実効を伴わないことを、まさに議論の現場にいて、肌で分かっていたからということではないのか。

「私は今回の省庁再編は、まだまだ長い行革の道程のスタートに過ぎないと思っています。実は今回の行革議論が始まった当初、それに参加するわれわれもそれなりの理想を抱いて大胆な改革に踏み出そうと意気に燃えていた。ところが実際に政治や各省庁との調整を重ねるなかで、中身がみるみる骨抜きになっていくさまを目の当たりにしたんです。現在の霞が関の"コンセンサス主義"では、全員が納得した形でないと話が進まないことになっている。しかし全員が納得するなんて-----つまりは"玉虫色"に落ち着かざるを得ないということじゃないですか。大胆な改革なんてできっこない。だからこの時の体験を通じて、『ああ霞が関のなかにいるままでは本当の改革は無理。真に政治がリーダーシップをとって進めていかなければ、なるものもならないんだなあ』と痛感したわけです」

破滅に向かってひた走る

 民主党における松井氏の"先輩"で、一足先に大蔵省(現財務省)を退職し、既に二期目を務めている古川元久衆議院議員(36)も、「そもそも改革を行うのは行政ではなく政治の仕事。だから行革が遅々として進まないのは、全面的に政治の責任」と断言する。

「選挙で選ばれたわけでもない。ただ試験に受かっただけで国民の代表でも何でもない官僚が改革を率先すること自体、危険なんです。極論を言えば、戦前の軍部が暴走して戦争を始めてしまった時と形の上では何も変わらない。政治と行政にははっきりと役割分担があるべきなんです。何もないところにレールを敷き、そこに適切な機関車を置くのは政治の仕事。役所はそうして敷かれたレールの上を、時間通りに列車を動かすことが任務なんですよ。なのにそこが暖昧になっている。今やレールを敷き直し、ダイヤも組み直して新しい列車を走らせる時期なのに、政治が何もやってくれない。もはや列車は終着駅を遠く過ぎ、引き込み線を走り始めて脱線寸前まできているのに、運転手たる行政はそれを停めることもできず破滅に向かってひた走っているのが
現状なんですよ」

「ところが自民党政治は今や役所と一心同体。だから改革を早急に行うには、民主党でやるしかない」という判断においても、古川氏と松井氏はまったく共通している。

 両氏に聞くまでもなく、「日本がこのままもつはずがない」という危機意識は国民全員が抱いているところであろう。そんな瀬戸際にあって、古川氏も「役所を見限る優秀な官僚が増えている」と認める。

「だって今言ったように役人は運転手なわけですから。一番前で運転しているんだから、もはやこの先にレールはない、この列車は脱線するだけの運命だ、ということが一番よく見えているのが役人なんです。だからもうそんな列車から飛び降りてしまう運転手が現れるのも、至極当然のことだと思いますよ」

 しかし運転手であれば最低ブレーキを踏むなり、列車の速度を緩めることくらいはできるはずだ。彼らにはそれさえやる余裕がないというのか。それくらいがんじがらめの閉塞感のなか、飛び降りることもできない官僚たちは暴走する列車"日本号"のなかで絶望に囚われているのだろうか。

若手官僚へのヒアリング

 そんな彼らの思いを代弁するかのように、この二月二十三日に内閣官房が興味深いヒアリング結果を公表した。「内閣官房行政改革推進事務局で現在行っている公務員制度改革の検討の参考とするため、各府省に現在勤務する若手職員(114名)及び各府省を早期に退職した元職員(12名)を対象に、日頃業務を行っている中で感じている問題意識(元職員については、当時感じていた問題意識)や今回の公務員制度改革に期待すること等について聴取した」(『ヒアリングの目的等』より)ものである。読んでみるとなるほど、冒頭の「各府省の若手職員の意見等」の「現状」に、早々に「若手職員の閉塞感」の題字が現れるなど、彼らの溜息がそこここから漏れ聞こえてきそ
うな内容だ。

 なかでも最初に目を引くのが「忙しすぎて時間的・精神的な余裕がない」という切なる訴え。そして「当初の志とは異なり自分の仕事が国のために役立っているという実感が持てない」という嘆き節である。いったいなぜ中央官僚の仕事はこれほどまでに忙しく、またボヤきを伴うほど空しい中身に占められているというのか。しばらくこの興味深いヒアリング結果をもとに、また独自の取材で現職官僚らより集めた声を補足しながら、"現代の伏魔殿"霞が関の現状を俯瞰してみよう。

役人は与党職員の小間使い

「霞が関で仕事をしていて、空しいと思うことは何か?」

 こう現職官僚に質問してみると、複数返ってきた回答が「国会対応」であった。どういうことか。

 巷間よく知られているように、国会で各大臣の読み上げている閣僚答弁は、すべて前夜のうちに官僚によって書き上げられたものである。この"国会対応"が役所においては「徹夜も覚悟」の難作業。ヒアリング結果にもあるように、何より「国会議員の質問通告が遅い」ためだ。

 明日の委員会で与野党議員により発される質問内容は、すべてその前夜までに各省庁に伝えられてくる。すべての質問内容が判明して初めて答弁作成作業に入るわけだが、特に野党議員においてはその通告が遅い場合が多く、作業が深夜に至ることも珍しくないため、どうしても徹夜含みの超過勤務になってしまう。また、自分の部署に関係する質問が最終的には出なかったにしても、それでもすべての質問が出そろうまで、可能性のあるところは全員"待機”が命じられる。

 質問が振られてくると担当の課長補佐クラスが答弁案を作成する。続く仕事はその案を持っての決裁作業。省のトップが行う答弁に、わずかな言葉の食い違いがあってもあちこちの部署に影響の出る恐れがあるためだ。こうしてすべての部署の了解を取り終え、ようやく正式の答弁文書の作成に入ることができるという次第。

 続いて必要な仕事が大臣レク(レクチャーの意味)だ。答弁に立つ多くが派閥の力学で大臣職を回してもらった"素人同然"の大臣である。したがって委員会が始まる前に担当の職員が当人に会い、答弁書を手に「これはこういう意味の質問ですので、このように答えてください」と逐一説明しなければならないというわけ。このように役所全体が至れり尽くせり世話を焼いて初めて、大臣は国会の場で質問に応じることができるのである。

 そこである経済(経済産業省)官僚に、「そこまで手取り足取りしてあげる意味が本当にあるのだろうか?」と、ストレートに疑問を投げかけてみた。返ってきたのは「仮にも自省のトップである存在に対して、組織の人間があれこれフォローするのは当然のことでしょう?何と言ってもわが国は、議院内閣制ですからねえ……」という返事。

 内心では忸怩たる思いもあるのだが、制度のあり方そのものを云々する資格は自分たち官僚にはないというのが本音のようだった。

 このような、あまりに官僚頼みの国会運営を何とかしょうと、"政府委員制度"廃止という国会改革が行われたのは九九年のことだ。各省庁の幹部クラスが“政府委員"として大臣の代わりに答弁していたそれまでの制度を廃止して、国会には厳密に代議士以外は立てないことにした。この改革によって役人の雑務は、多少は軽減されることになったのか。

「とんでもない。前よりいっそう仕事が大変になっただけですよ」

 そう苦笑しながら答えてくれたのは厚労省(厚生労働省)のノンキャリ職員。

「以前は、大臣は政策の大枠について答弁するのであって、細かい数字を答えるものは"政府委員"がやるという役割分担ができていた。つまり、"政府委員"答弁は、中身がよくわかっている省の局長がやるんだから、あまり厳密に文言を検討する必要もなかったんです。決裁も局内で回せばよかったし、レクだって簡単なもので済んだ。ところが、あれからすべて大臣答弁ということになってしまったので、決裁もすべて大臣官房まで上げることになった。レクも相手は中身をまるで知らない素人だから、手取り足取り教えなきゃ理解してくれない……」

 自分の能力も顧みない"政治主導"が押し進められたばっかりに、役人の費やす労力はさらに増すことになっただけということのようだ。これでは若手官僚の恨み節が漏れるのも、仕方のないところではあろう。

「国会答弁」ばかりではない。役人は役所にいる間四六時中(下手をすれば家に帰った後でさえ)、いつ「あの件はどうなってる?」という議員事務所からの問い合わせや、「あれに関する資料をくれ」という要求があるかと、常に神経を張り詰めていなければならない。

 大切な代議士センセイからの問い合わせである。あらゆる用件を放り出して、その仕事が最優先事項。

「この件は現在、こういうことになっています」-----そういう文書を早急に作成し、関連する資料もあれこれくっつけて大慌てで議員事務所まで持参しなければならない。もちろんその文書作成の際にも、関係部署間の了解を取らなければならないのは言わずもがな。議員先生からの電話一つで、役所内ではこのような上を下への大騒動が繰り広げられるのだ。

 ただし、これは与党の先生からの電話であった場合の話。これが野党からのものであれば、役人の対応は豹変する。特に某共産主義系の党からの資料要求であった場合。どこかの雑誌のコピーを取って、それを議員事務所にファックスして終わり・・・・・ということもしばしばではある。

 さらに若手職員のヒアリング結果には「与党内の意見調整に各府省の幹部職員が走り回っている」という現状の指摘もあった。後になってうるさ型の議員が「俺は聞いてないぞ」と言い出した日には、通る政策だって通らなくなってしまう。そのため万全には万全を期し、ほとんど関係なさそうな議員にまで、事前の"根回し"をしておく。これが現在役人にとって重要な仕事の一つなのだ。

「政策の中身じゃない。最近のセンセイは『俺は聞いてない』だの『俺より先にあいつのところに話を持っていった』だの、そんなレベルでゴネて話を通してくれなくなるから、たまりませんよ」とボやくのは外務省のキャリア官僚。

「だからなるべく怒らせないように、広くあちこちに話を通しておかなければならないんだけど、今度は"根回し"をしたとたん、すぐ懇意のマスコミに話をバラしてしまう。どんなに念を押しておいても駄目なんです。だから、今日の夕刊に載ることだけはないように、夕刊の締め切りを過ぎてからセンセイたちの"根回し"に一斉に動く。そんなところにまで気を遣わなければならないんだから」

 もはやここまでくると、役人は与党議員の小間使いではないか?という気にさえなってしまう。「ヒアリング結果」にあった「自分の仕事が国のために役立っているという実感が持てない」のも当然と言えよう。

外交機密費問題も……

 ではなぜ役人はここまで代議士の"奴隷"であるかのように振る舞わなければならないのか。答えは「人事」である。

 一応制度上は、組織のトップである閣僚たちを除いて、政治家は役所内の人事に口を出すことは一切禁じられている。しかし現実には、特に役所とべったりの"族議員"に顕著なように、「あいつは気に食わない」「あんな奴は飛ばしてしまえ」と、ほとんど公然と人事に口を差し挟んでくるのが実態なのだ。

 あの時センセイを怒らせてしまったばっかりに、俺はこんな閑職に飛ばされてしまった……。役人はポストが命。いつどんな報復人事が待っているか知れたものではない以上、「なるべくセンセイを怒らせることのないよう」、彼らが穏便にコトをすませようとするのは当然の心理だろう。

 さらに厚労キャリア官僚が指摘する。「政治家だけではない。人事権を握る特殊な派閥勢力として、"三種"と呼ばれるノンキャリ事務官たちも存在します。二年ごとに全国レベルで異動のあるキャリアと違い、彼らは言わば"徒弟制度"を組んで、先輩から後輩へ人事や会計といった特定のポストをずっと継承し続けている。局内の人事は実質すべてこの"三種事務官"が握っているんです。『あのキャリアは皆でサポートしよう』『あいつは干してしまえ』という申し送りが、彼ら内部の"徒弟制度"を通じて徹底されますからね。そういう『この人たちに仁義を切っておかないと通るものも通らなどという息苦しさが役所内にもあることは確かです」

「若手ヒアリング結果」にも「人事制度等の改革」は「公務員制度等改革に期待するもの」として真っ先に挙げられていた。彼らの「公務員においても信賞必罰は徹底すべき」という意見の裏に、「何で動かされるか分かったものではない現行の不透明人事では、自分の信念に従って仕事をすることなんてできない」という本音があることは確実であろう。

 人事と同様、複数の役人から「不透明」として挙げられたのが予算制度だ。これもよく知られている通り、来年度予算案作成のために官僚の費やす労力は並大抵のものではない。地方のヒアリングが始まる五月頃から、予算を担当する職員たちには連日徹夜の激務が始まる。新しい政策を練るための委員会を行う、その委員先生の足代、会議に出されるコーヒー代から一々積み上げられた、膨大な資料を伴う概算要求書を作成しなければならないためである。

 ところがそれだけの労力を費やして通った予算なのに、その執行に対するチェックは驚くほどおざなりなのが実態だ。ならば、まったく新しい政策を打ち立てて予算を通すのは大変だから、すでについている複数年度事業の予算を振り分けてこちらの事業に使おう。そうした"知恵"を発揮する「要領のよい」人間が出てくるのも致し方のないところ。もともと予算をつけやすいところに必要以上の額を要求しておいて、浮いた部分を他のところに回す。こうした予算執行上の"操作"が、霞が関では公然の秘密として罷り通っているのだ。

 ある外務官僚は「ましてや、そもそも設定してある単価が実態とはあまりにかけ離れている」と指摘する。

「例えば外交機密費問題が現在話題になっていますが、発端は旅費法に設定してある単価が現実とまったく合っていないこと。法律に則ってつけた予算の額では、実際にホテルに泊まることなどとてもできないんです。だから頭のいい人が出てきて、機密費から差額を充てることを思いついた。するともうちょっと機密費を水増しすれば、こちらにも流用できる……と。そうしているうちにだんだん罪.悪感が麻痺していったんでしょう」

 このように予算をうまく使い回し、公文書とは掛け離れた執行を要領よく果たせる者のみが、内部で「優秀」と評価されているこの実態。「正当に評価してもらいたい」というのは役人共通の願望らしいのだが-----。

官僚自身が「思考」を放棄

 小間使いのような国会対応。不透明な人事システム。現実と乖離した予算制度……。ここまで現場の恨みつらみを書き連ねてきたが、考えてみればこれは何も今に始まったことではあるまい。なのになぜ今になって優秀な役人たちが、将来を悲嘆して頭脳流出を呼ぶまで追い詰められているのだろうか。これらの諸問題とは彼らが知恵を絞ってみても、改善できないほどの構造問題なのだろうか。

「優秀な人たちが悲観するのは無理もない。そんな問題意識を持っているのは彼ら少数派だけですからね。そうではないほとんどの今の役人は、ものを考えること自体放棄しているのが現状なんです」

 そう自廟気味に話すのは内閣官房のキャリア職員である。

「自分が何のために仕事をしているのか。国民が自分たちに求めている任務とは何なのか。そういうことをまったく考えていない。だから省益に走ったり、派閥抗争に労力をつぎ込んでみたり、馬鹿なことばっかりしているんです」と彼は言う。「第一"国会待機"なんて仕事じゃない。なのにそれで残業して、仕事をした気になっている。国民は誰も、官僚にそんなことやれなんて言ってないですよ。自分たちの意識改革もできないでいて、『政治が悪い』『民間より待遇が悪い』なんてボやくこと自体おこがましい」と同意する財務官僚の指摘も、なかなかに手厳しい。

 前出の松井氏や古川氏のめざすような大胆な行革まで待つことはない。要は役人個人個人が自分の存在意義をちゃんと考え、それに基づいて内部改革を求めれば、職場の環境改善くらい決して不可能ではないということだろう。しかし肝心の当の官僚自身が「思考」を放棄しているのだとすれば、それも空しい夢物語と思えてしまう。考えることをやめ、『前例踏襲主義』に凝り固まった役所内の空気が、冒頭の若手官僚の"やる気"を粉微塵に砕いてしまったのだ。

「入省を希望する卒業予定者の面接をしていると嫌になることがあります。『幅広い仕事をやりたい』と言うんだけど、じゃあ『今の日本をどうしたい?』と質問しても何も答えられない。最近そんな人間ばかり多くなったような気がする」と嘆息を漏らす厚労官僚。内閣宣房キャリアも続ける。

「今回の機密費問題なんて、いかに役人が何も考えていないかという実態を露にしたという意味で、いい事件だったのかもしれません。逮捕された元要人外国訪問支援室長だって、要は機密費からうまく資金を捻出しだしたら、政治家も外交官も喜ぶものだから、いつの間にかそれが自分の役目だと錯覚してしまったんでしょう。そこからだんだんエスカレートしていった……。機密費なんてもともとダーティーなもの。それでもそもそも何のために使われるものかという意識が根っこにありさえずれば、あんな情けない事件は起こってない」

霞が関の再生はあるか

 ものを考えない偏差値秀才が大部分を占める入省希望者。やがて彼らがことなかれ主義の中で出世して行く一方、それに絶望した優秀な人材は外に流出していく。このまま霞が関は重い重い閉塞感に押し潰されて、自滅してしまう運命にあるのだろうか。何も考えない役人ばかりが運転席に残り、暴走する"日本号"を破滅まで突っ走らせてくれるのだろうか。
「いや。必ずしもそうとばかりは思いません。霞が関にもある意味で今、よい兆候が出始めているんじゃないかと感じる部分はあるんですよ」

 そう語るのは先の松井氏。彼は役所を辞める直前「霞が関からピラミッドの解体を」(.論摩二〇〇〇年十一月号)と題したレポートを発表したことを例に挙げる。「私の場合はたまたま、このレポートが出る時期と前後して辞めてしまいましたが……。でも『論座』や『文藝春秋』などに、同じ経済産業省の小林慶一郎君なども堂々と名前入りでレポートを発表している。いい傾向だと思いますよ。こうした場を今後どんどん増やすことで新しい流れが生まれるかもしれません」
 役所内に閉じ寵って陰々欝々としているのではなく、「自分はこう思う」という意見を広く世間に発表して行けば、閉塞感も打破できるし、何より「ものを考えない」悪しき雰囲気を払拭することもできるというわけだ。

 別の経済官僚は「僕は、永田町と霞が関とは大いに喧嘩すべきだと思っているんです」と持論を語る。

「だって数年に一回の選挙で選ばれなきやならない議員が、どうしても目先の人気取り政策に走ってしまうのは避けられないことなんですから。長いタームで五十年、百年の政策を論じることができるのは、取りあえず終身で身分を保証されている官僚しかいない。お互い立場が違うんだから、それぞれの観点で案を出し、どんどん議論を戦わせてやればいいんです。最終的には国民の代表である永田町の意見を優先するにせよ、その議論の過程はすべて国民に見せる-----。そういう制度にすれば政策の立案、執行が今よりずっとオープンになるじゃないですか」

 そうした開かれた理想の意思決定システムを実現するためにも、まずは役人個人が自分の意見を堂々と述べることができる環境作りが先決であろう。

 まだまだ霞が関全体の空気が「出る杭は許さない」大勢にあることは否めない事実だが、どちらにせよ、「このままでは駄目だ」という危機意識が、霞が関内外を問わず蔓延しつつあることだけは確か。冒頭の有志官僚グループの"やる気"が役所内部で押し潰されることなく、世間に広く公表され、評価が公然と論じられるような日が早くきてくれることを願うばかりである。

マスコミファイル トップ