【2005年3月31日 日経新聞朝刊 掲載】

「お役所仕事には負けない」。

市場化テスト計画が明らかになった昨秋。社会保険庁の年金保険料の徴収業務を請け負いたいという債権回収会社が次々と名乗りを上げた。
 未納者に催促し、相談に乗り、それでもダメなら調整徴収--。意欲満々の各社が描いたのは催促から調整徴収までの包括的な受託。すでに民間の回収ビジネスで実績を積んだノウハウに自信がある。ところが、これに社保庁から「待った」がかかる。

「公権力」闘争

 国の「公権力の行使」に当たる強制徴収は社保庁の中核業務で、民には任せられないというのが拒否理由。企業ができるのは電話での催促・相談までで、徴収に必要な住民の所得情報も民には渡さない。「部分受託では我々のノウハウを生かせない」。市場化テストへの参加希望企業はくしの歯が欠けるように減り、税や保険料の徴収業務は今回市場化テストの対象から外れた。
 だが、保険料納付を電話で求めるのは公権力の行使ではなく、差し押さえに行くと行使なのか。政府はそんな厳密な定義を示していない。
 「違反駐車車両を民間人がレッカー移動するのは公権力か」。3月18日の参院内閣委員会で、こんな議論が起こった。民主党の松井孝治議員の質問への国土交通省の説明は「レッカー移動は公権力の行使だが、警察署長の指示で作業するのは行使に該当しない」。この解釈が成り立つなら、保険料徴収も「政府指示という形を法的に工夫すれば民でもできるのでは」と民間企業の目には見える。
 民が直面する壁は「公権力」だけではない。

幻のカード納税

 保険料を納めにわざわざ社保事務所まで足を運ぶのは面倒くさいと思う人は少なくない。だが、クレジットカードでのネット決済なら便利だから納める人も増える--。カード会社のこんな提案も水の泡と消えた。税や保険料のカード決済は制度上は可能だが、社保庁は「手数料が高過ぎる」と認めなかったのだ。
 「もともと払う気のなかった人から徴収できれば少々手数料がかかっても意味はあるのに」。クレディセゾンの水口浩樹カード本部ファイナンス部長は悔しがる。
 地方自治体は地方税や国民健康保険料でカード払いの導入を検討中。「現金払いだけだと利用者に不便だから」。国立病院も独立行政法人化を機に相次いでカード決済に踏み切っている。欧米では税や保険料のカード払いも珍しくないが、政府は背を向けたままだ。
 「ILO(国際労働機関)条約で公共職業紹介業務は公務員に限定している」「それは解釈次第だ」--。ハローワークの市場化テストをめぐっては、こんな水掛け論が続いている。オーストラリアのハローワーク民営化がILOで問題になっていないという規制改革会議の主張に対し、日本で民営化すれば問題と厚生労働省は譲らない。
 「街にマクドナルドが一軒しかなければ、どんなに良い経営者でもハンバーガーの質は落ち、値段も上がる」。本格的な市場化テストを実施した米インディアナポリス市で市長は職員をこう鼓舞したという。
 民への市場開放を国民へのサービスの質向上とコスト削減の好機と受け止めるのか、それとも自らの権限や雇用への脅威ととらえるのか。制度面を巡る議論の陰に隠れた最大の壁は官自体の防衛意識にあるといえる。

 

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