民主党が見える、聞こえる 20021110日 vol.17

D'ear 

両親から受け継いだたすきを息子へと繋ぎたい

母から息子へ
松井孝治 様 

朝夕はめっきりと涼しくなりました。毎日のお仕事お疲れさまです。

いま民主党は大変難しい状況のようですね。鳩山代表のお顔もお気の毒なほど厳しい表情です。若手のみなさんも、もっと話し合いができないものでしょうか!

最近幼稚園の帰りに孫の「とし」君(4歳)がお店に寄ってくれるにつけ、小さかった頃のあなたを思い出します。

あなたが誕生したのは、高度成長の真只中、全国から京都、奈良へと修学旅行生があふれ、旅館の軒数は足りず、うちの宿も手狭で、あなたが生まれ育つことになる松井別館を建築した翌年の昭和35年のことでした。

あの頃は、本当に忙しく、お父さんも私も仕事が好きで好きで、朝は朝星、夜は夜星をいただき、二軒の宿を走りづめに走っておりました。

ある日、ふとお腹が少し大きくなったみたいと気付き、病気だったらどうしようかと恐くなって産婦人科をたずねましたら、お目出度ですとのこと。それから三回目の通院であなたが生まれました。

二人目の子どもをあきらめていた私たちにとって、それはまさしく神様からのお授かり子でした。ずっとこの子は必ず世のため世界のために役立ってほしいと願い続け、今日にいたっておりますよ。

お蔭様で結婚して50年余り一回として風邪も引かず、幸せ一杯で仕事をさせていただいております。毎日仕事が終わり、夜中に入浴し、心身ともに疲れを取り、お風呂に最敬礼をして、そして神様仏様ご先祖様に感謝をしますと、あなたが一生懸命仕事をしている姿が手に取るように見えてきます。

立派な精神と立派な肉体を持たせていただいていると少々のことでは疲れません。どうか常に初心を忘れず、世のため、国のため、世界のために存分に働いてください。

同時に、あなたの背中を見て健やかに育っているとしかず君や、あなたを心から信頼している美子ちゃんと一緒の時間をできるだけとってあげることも忘れずに。ご活躍をお祈りしています。

母より

 

 

 

息子から母へ
松井八重子 様

    お手紙ありがとうございます。京都に戻ってもなかなかゆっくり話もできず申し訳ありません。

  もう50年以上ほとんど一日の休みもなく、朝から晩まで接客から事務処理までこなし、元気になったとはいえまだ本調子ではないお父さんの身の回りの世話まで、本当に頭が下がります。

「あんたは神さんからの授かりもんや」商売のことはお兄ちゃんに任せて、世のため国のため世界のためにきばりなさい」。物心ついたときから繰り返し聞かされたこの言葉が、自分が政治を志す大きな下地(刷り込み?)になったのだろうと、今更ながら感じています。

大学卒業後、国のための仕事がしたいと入省した通商産業省は、人呼んで、“通常残業省”。月の残業が300時間を越えたこともありました。

しかし、日米半導体交渉や首相官邸への出向、大臣官房での権限折衡、行政改革会議事務局などを通じて“政と官”の関係への疑問と官僚組織の限界を痛感。

省庁の役に立つのではなく、「世の中」のお役に立つためには、最終的に自分自身が責任を取るしかない政治の世界に身を置くほかないと覚悟をきめました。

役所に辞表を出し、夜中に電話で事後報告したあの日からちょうど二年がたちましたね。いま民主党は、そして日本の政治は、大きな試練に直面しています。

こんなときだからこそ、世のため世界のために尽くしなさいという言葉は心にずしんと響きます。

若き日の両親が、懸命に働き続けてくれたおかげで今日の自分がある、そして、自分は、息子に平和で美しく豊かな社会や地球を引き継いでいくために恥ずかしくない人生を送らなければならない。

人生は、親から子、子から孫へとたすきをつなぐ駅伝のようなもの。両親の代から受け継いだたすきをしっかり息子の世代へと繋いでいきます。

仕事が元気の泉であることは、百も承知ですが、お母さんの方こそ、お父さんともども身体をいたわって下さい。息子の私は大丈夫。少々のことではへこたれず、初心を忘れず頑張りますから。

息子より 200210

 

 

 


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