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皆さん、こんにちは。
松井孝治です。
2005年が明けてから2週間余りがたちました。
本年はじめてのメールマガジンをお届けいたします。
◆今日で阪神大震災からちょうど10年になります。
あらためて犠牲になられた方々に
哀悼の意を表します(私も親戚2人を失いました)。
それ以降も、昨年の新潟中越地震や台風災害、
スマトラ沖地震・インド洋大津波災害も含めて
国内外にさまざまの災害が多発しています。
災害に強いまちづくり、国づくりは政治・行政の要です。
一議員として
しっかりと防災・災害対策に力を入れてまいります。
◆また、今年は戦後60年にあたります。
60年といえば還暦。時の流れの大きな節目です。
10年前、戦後50年の1995年の8月15日、
村山内閣の戦後50年談話が出されました。
当時、私は、
首相官邸(内閣官房)に勤務しておりました関係で、
多少談話作成の経緯を承知しています。
まだまだ多くの関係者が現役でご活躍ですので
詳しくは申し上げませんが、この談話の発布に当たっては、
従来の政府見解を大幅に踏み越える
「政治の意志」が働いていたことは確かです。
下記に談話を添付します。
◇「戦後50周年の終戦記念日にあたって」
(いわゆる村山談話)◇
平成7年8月15日
◇先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。
今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの
人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。
◇敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、
今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの
誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とた
ゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。
ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支
援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。
また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間
に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から
喜びたいと思います。
◇平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平
和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあや
まちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代
に語り伝えていかなければなりません。
とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいて
は世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、
これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っ
ていくことが不可欠と考えます。
政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣
アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交
流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好
交流事業を展開しております。
また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国と
これらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続
き誠実に対応してまいります。
◇いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきこと
は、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社
会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
◇わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を
歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、
多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と
苦痛を与えました。
私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもない
この歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反
省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。
また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の
念を捧げます。
◇敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、
独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員とし
て国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義と
を押し広めていかなければなりません。
同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、
核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、
国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。
これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々
の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。
◇「杖るは信に如くは莫し」と申します。
この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを
内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。
◆皆様、ご一読されてどのようにお感じでしょうか?
私も今、10年の歳月を経て、あらためて読み返し、
当時の村山内閣を取り巻く状況などを
しみじみ思い返しております。
◆この談話は、
今日に至るまで日本政府の公式見解になっております。
私も談話の多くの部分については共感を抱いております。
先の大戦が海外及び国内の多くの人々の尊い命を奪い、
多大の損害と苦痛を与えたことについての反省は
当然のことですし、
「信義」の重要性や、平和国家としての核廃絶や
軍縮に向けた取り組みへの姿勢、
近隣諸国との共同歴史研究の必要性などについては、
今、政治家としてこの文章を再読するに際しても、
全く同感であります。
◆しかしながら、この談話の大きな眼目とも言うべき
最後から三つ目の段落(下記参照)については、
読み手によって解釈と議論の余地があることも事実です。
◇「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、
戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、
植民地支配と侵略によって多くの国々、
とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と
苦痛を与えました。
私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、
疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、
ここにあらためて痛切な反省の意を表し、
心からのお詫びの気持ちを表明いたします。」
◆当時の政権内の雰囲気としては
この談話をもってわが国の戦争責任について
ひとつのけじめをつけたいという意向が働いていたことは
事実であると思います。
しかし現実にそのようになっていないことは、
最近の小泉首相の靖国神社参拝をめぐる議論を見ても
明らかなのではないでしょうか。
◆そもそも、
○「わが国は」という主語は誰を指すのか、
言い換えれば、
○「国策を誤」った「わが国」の責任と、
「存亡の危機に陥れ」られた「国民」との境界線を
どのように引くのか、
という問題が未解決であることが
最大の問題なのではないかと考えます。
(この境界線が明確に引けるかどうかが
ドイツと日本の最大の違いかもしれません)
◆このことの歴史的検証が
必ずしも国民の合意のもとに行われていないことが
戦争責任問題についての議論が未決着であることの
最大の要因ではないでしょうか。
「疑うべくもない」「歴史の事実」という言葉が
談話の中にありますが、与党内をはじめ、
依然として国内に歴史の事実に関する論議が
残っているがゆえに、
総理の靖国神社参拝をめぐる議論が
あるのではないかと思います。
◆戦後生まれの私の世代から見れば、
そうした歴史の検証を棚上げして、
時の総理の個人的歴史観によって
日本政府の立場が大きく触れること自体が
わが国の国益を損なっている部分が大であると思います。
◆現役の政治家の一人として
歴史検証に関与しなければならないことは当然ですから、
決して責任転嫁を行うつもりはありませんが、
私にとって最も気になるのは、
先の大戦を経験した世代の指導者の方々が、
個人としてはともかく、世代として
この問題の総括を必ずしもしておられないことです。
◆私のモットーのひとつは
「チルドレン・ファースト」ですが、
ひょっとすると、
莫大な国と地方の借金や年金債務に負けず劣らず、
この問題は、
将来世代にとって重荷になる問題かもしれないと
感じています。
前者の金銭的負担も大切な問題ですが、
後者は、自らの祖先の行った行為を
どのように評価するかの問題であり、
日本人としての精神性にかかわる問題であるからです。
◆こうした問題を未解決のまま
将来の世代に先送りするのではなく、
少なくとも戦争を体験された世代が
ご健在のうちにタブーなき議論を行っていただきたいし、
そうした議論の先送りを許さないという態度が
われわれのような実体験として戦争を知らない
中間世代の責任ではないかと考えています。
◆幸いにも、わが国には、戦争を経験し、戦後史を生き抜き、
しかも、各界の第一線は引退されつつも
極めてお元気に活躍されておられる方々が相当数おいでです。
そうした政治家、歴史家やジャーナリストの方々を交え、
きちんとした政治的歴史検証を行うべきではないでしょうか。
◆新年早々大変重い話題で恐縮なのですが、
戦争責任問題のけじめをつける年として
戦後60年の今年のもつ意味は重大であると感じております。
☆ お知らせ ☆
新年を機に、昨年1年の活動を振り返り、
今後の政治活動への抱負を述べさせていただいた会報を
発行させていただきました。
お手元に届いていない方でご希望の方は、
下記URLにご記入ください。
(URL:http://www.matsui21.com/info/)
できるだけ早くお送りさせていただきます。
事務所にメールやお電話でご連絡いただいても結構です。
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