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第129号 2005.12.27
皆さん、こんにちは。
松井孝治です。
総選挙や耐震偽装問題、
敵対的企業買収、数々の異常な事件など
さまざまな出来事があった2005年も
押し詰まってまいりました。
◆前号に報告いたしました、
民主党シンクタンク、有限責任中間法人、
「公共政策プラットフォーム」(愛称プラトン)
の設立記念シンポジウムの、
暫定議事録ができあがりました。
興味のおありの方は下記からお読みください。
(特に第二セッションには
具体的で面白い話がたくさん盛り込まれています)
http://www.matsui21.com/platon.pdf
◆このセッションを受けて、12月17日の党大会で
前原誠司代表は次のようなスピーチをいたしました。
http://www.dpj.or.jp/06conv/maehara.html
前原代表の述べた「公(おおやけ)」の精神や、
地域・現場での「信頼の絆」を大切にする
ということを基軸に、私たちの政策理念を
練り上げていかなければならないと思っています。
◆前回のメールマガジンと若干重複しますが、そのことを、
12月10日のシンポジウムでの議論を振り返りながら、
少し考えてみたいと思います。
顔の見えない「遠い政府」、典型的には霞が関、永田町、
で自らが納めた税金が、
一部の政治家、官僚、及び彼らと親しい一部の業界人によって
配分される仕組みは、
納税者から見た場合、
不透明で
アンフェアで
自分の役に立っているという実感がない
という存在になります。
同時に、
自分(納税者)の血税(コスト意識)と
余りに遠くに切り離されているので、
無駄遣いとわかっていても、
補助金などは、「もらったもの」勝ち、ですし、
行政サイドも、
現場の納税者や住民が、
行政サービスで満足しているのかどうかの実感がないまま、
とりあえず補助金を配って、
お礼を言ってもらって
満足しているケースが少なくありません。
◆要は、
現場と
行政サービスの提供内容の決定者との関係が遠すぎて、
お互いに当事者意識が働かず、
コスト意識もモラルも低下しているわけです。
◆これに対して、
私たちが今後大切にしようとしている、
「地域の信頼の絆」の場合は、
まず、住民が、
帰属意識のある集団、
例えばそれが「御所南小学校区」であったり、
「諏訪中央病院通院圏内」であったり、
「禁煙マラソン」仲間であったり、で、
ものごとが行われることが大きな要素として存在します。
◆石田・犬山市長がおっしゃるように、
人口1万人程度の地域に1校存在する
公立小学校の場合、
住民が、同じ学校に子供を預けている
という帰属意識を共有しやすい規模であると思います。
仮に現時点で子供を預けていない若い夫婦や、
引退された高齢者の場合でも、
その学区に住み、
子供たちの通学風景を見ているだけでも、
同一コミュニティに属しているという意識は
共有しやすくなります。
◆禁煙マラソンや、ライフケアシステムの場合、
もう少し、バーチャルな要素も入りますが、
おなじく、参加者が明確に
その集団に帰属意識を持つことが可能な集団規模です。
言い換えれば、顔が見える集団であるということです。
◆そしてもう一つ大切なことは、
単にその顔が見える集団のために頑張るということよりは、
もう少し具体性のあることがら、
例えば、
その地域の小学生を元気よく育てるとか、
そのグループで禁煙運動を成功させるとか、
舞鶴の赤レンガ倉庫の復活のためのNPO活動(まちづくり)
とか、
といった、共通の具体的目標がある場合に、
この、信頼システムは
うまくいっていることが多いようです。
◆逢坂前ニセコ町長がおっしゃっていましたように、
町役場の職員がニセコ町の図書館で働いたときには、
給料相応のサービスしか提供できないけれど、
図書好きの町民のおばちゃんたちに運営を任せた瞬間に、
図書館に「愛情」が注がれる、
というのは、まさにこのことだと思います。
◆要するに、顔が見える集団であって、
かつ、その集団で行う活動に
個々人が愛着を持っている場合に、
学校行事への参加であれ、
図書業務であれ、
禁煙への支援であれ、
この地域・信頼モデルがうまくワークしています。
参加者、個人、個人が、
他の参加者に十分に配慮しながら
無償で奉仕活動を行ったり、
利他行為を行っておられるわけです。
◆石田・犬山市長が
「お祭りはいいですよね、ホントにいいです。
でも役所にお祭りのこと聞いても何にもわかりませんよ」
としみじみ語っておられましたが、
お祭りこそ、
この、コミュニティソリューションの
一つのモデルかもしれません。
しかも石田さんの言葉のとおり、
従来の行政組織は、組織として、
地域のお祭りをはじめとした
「信頼のネットワーク」集団の内容を
必ずしも把握しておらず
(県庁や市役所などの職員さん個人がかかわっておられる
ケースは驚くほどたくさんありますが)、
こうした集団も、権力機関たる行政庁と
あまり相性がよいものではありません。
◆でも、やはり、
こうした信頼の絆によって成り立ったシステムを
行政が放っておく手はありません。
ひとりひとりの住民が、
個人として地域や特定の活動に
「愛着」や「生きがい」を感じて、
銭金のためではなく献身する行為は、
明らかに新しい「公」務そのものです。
でもそれが
個人のボランティア参加である限りにおいては、
社会として安定的に
そのサービスを提供できたということになりません。
◆こうした個人の善意、愛着、生きがいを安定的に
社会に提供してもらうためには、
コミュニティスクールにおいて
住民の学校運営への参画を
制度化したような工夫が必要です。
◆御所南校における100名弱のコミュニティ委員、
三鷹第四小学校職員室となりの
NPO「夢育支援ネットワーク」に登録されている
200名弱のボランティアティーチャー、
諏訪中央病院を支える200名のボランティアの方々、
こうした、地域の善意を
その場その場での善意から
社会を支える「体制」、「システム」
に変えていく努力が必要だということです。
◆こうした成功事例を、どのように、
国のかたちの再構築に役立てていくか
を考えなければなりません。
◆私は、ある程度の規模の基礎自治体が
必要だと考えていますが、
しかし、同時に、
特に30万人とか40万人の規模の自治体全体の規模で、
こうした信頼のコミュニティを
一括りで形成することは困難だと考えています。
そのコミュニティの内容や目的、事業にもよりますが、
かわりにもっと小さな規模で
コミュニティを形成する必要があります。
教育なら、
公立小学校区単位の人口1万人規模が目安かもしれませんし、
医療コミュニティの場合、
諏訪中央病院の場合は、
地域の開業医との連携も含めておそらく数万人ないし
10万人規模でネットワークを構築されているのでしょう。
◆地域コミュニティの規模の大小を一律に決めることは
地域差や事業の中身にもよるのであまり有益とは思えません。
しかし、少なくとも、こうした、
より小規模の地域社会、
コミュニティのありようを
ほとんど議論をすることなく、
単純に
基礎自治体の数を減らすべきというような考えで、
平成の大合併をすすめていても、
おそらく問題解決には
程遠いのではないかと考えます。
政策金融機関の統合だって同じです。
◆基礎自治体の規模を大きくするプロセスで、
同時にその自治体の内部に、
小学校区ないし中学校区単位の、
地域コミュニティを形成しうる、
そんな制度を導入してはどうかと考えています。
正確に申し上げれば、そうした地域コミュニティは
行政単位ではないのかもしれません。
課税権はなく、もちろん役所の庁舎も不要ですし、
ほとんどそのための役人も雇いません。
◆基礎自治体である市などが
一定の金額の交付金を、
そのコミュニティに与え、
その地域コミュニティで行う
教育のカリキュラム作りや
街並み整備の計画作り、
ゴミ回収や福祉サービスの実施の仕方などについて、
住民が協議会を編成し、
そこに参画するような形で計画を作ったり、
必要な外部委託の選定を行ったりするのです。
◆一定の独立的役割をもった自治組織、
言ってみればNPO、
中間法人的な組織を制度化して、
市などの基礎自治体は業務を
その組織に大幅に移譲していくのです。
地域の住民は、
法律や条例、
そして与えられた予算の範囲内で、
自分の地域における、身近な行政サービスの内容を、
互いに議論しながら決定していく、
権利と義務を担うことになります。
◆住民が話し合って、
うちの地区ではごみ収集は
どのような業者を雇うのか、
自分たちで一定の分別回収を行うのか
などを決めていきます。
例えば、
ごみ収集の分の交付金を
住民ボランティアで浮かせた場合、
その資金は、
その地区の学校の図書費や
外部講師招聘費に上積みできる
とかいう形で、
住民のボランティア参加に
縦割りお役所体質の壁をぶち破るようなかたちでの
インセンティブを与えることが有効です。
◆こうした仕組みを導入することで、
行政経費をできるだけ切り詰め、
高い満足度の行政サービスを
住民参加で実現することは
十分可能ではないでしょうか。
ちょうど
コミュニティスクール制度導入前の学校において、
教師と保護者が互いに、
教育の失敗を家庭の問題だ、
学校の問題だと文句を言い合っていた事例が、
コミュニティで教育のあり方を
学校、教師と保護者や地域住民が議論するようになって、
建設的な議論が成り立ち、教育の質が向上したように、
住民と行政が互いになじりあうのではなく、
行政は、
地域住民の視点に立って、
住民は、
行政の立場や予算や法律面の制約も理解しつつ、
できるだけ低負担で
高満足の行政サービスを実現するために
協働するような関係を作れる枠組みが必要です。
街区とか、
コミュニティという呼び名でもいいかもしれませんし、
コモンズというような概念にも近いかもしれません。
◆12月10日のシンポジウムから、
一般的には聞きなれない「コミュニティ・ソリューション」
という言葉の意味、
そして、そのことが、私の長期的課題の一つである、
地域主権の枠組み作りの中で、
どのように生かせるかを考えてみたのが、
今回のメールマガジンです。
また皆さんの御意見もお聞かせください。
今号が今年最後のメールマガジンになります。
よいお年をお迎えください。
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●京都から、この国のかたちを変える。●
第129号 2005.12.27 発行 (配信数:1658部)
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