日本の未来づくりに賭けたい

あえて「脱藩」・・・人生の決断


はじめまして。松井孝治と申します。

私は、2000年の10月に17年半勤めた通産省を退職し、故郷の京都の街に戻って参りました。

これまで、霞が関(中央官庁)では、中央省庁再編を核とする行政改革の原案作りや官邸での総理大臣の演説原稿作成など、通産省内では、日米半導体交渉やAPEC(アジア太平洋経済協力)、大臣官房での政策調整など、その時々に自分としては充実した仕事を担当させていただきました。

そんな私がどうして、役人の世界という充実した仕事場をあえて飛び出すことを決意したのでしょうか。

一言で言えば、今や中央の役人で日本の舵取りを出来る時代、あるいはすべき時代ではなくなったという思いが人一倍強くなったからです。

私は、霞が関の官僚というのは、いわば「間借り人」のようなものだと思っております。与えられた持ち場を守り、担当した仕事にベストを尽くすという官僚の姿は、国民を家主と見立てた場合いわば間借り人にたとえられるという意味です。

しかし、現状では、残念なことに、官僚やいわゆる族議員と呼ばれる方々の中には、家主の国民や住民が、家全体を改築したい、間取りも変えたいと思ってもそこに居座り、部屋を明け渡さないような姿さえしばしば見受けられます。

確かにかつての日本には政策の舵取りを官僚に任せていても良い時代もあったのでしょう。

しかし、内外にわたる重要な問題が山積みとなり、我が国の経済社会システムの再構築が求められる今日、真に必要なことは、日本あるいは京都という家屋全体の建て直しです。

それに取り組むのは、間借り人たる官僚ではなく、家主たる国民や住民の方々から直接信託を受けた政治家であるべきだと考えたのです。

人生八十年としてその折り返し点に立った現在、私はこれまでの中央官庁での貴重な経験に感謝をしつつも、霞が関において既存の枠組みの中で漸進的な改革を目指すのではなく、むしろそのしがらみを断ち切り、自ら自身が国政に直接参画し、これまでの行政経験で培った問題意識を具体的改革に反映させるべき時期と考えました。

京都から日本経済を再興

今この国は、長期にわたる経済的な困難の中で数々の課題に直面しておりますが、中でも私が国政において成し遂げたい政策目標は大きく分けて三つあります。

第一には京都経済、日本経済の復興再建であります。

改めていうまでもなく、京都は、単に1200年以上の歴史と伝統を有するばかりではなく、その伝統の上に新たなものを取り入れるにどん欲ともいえる進取の気風を持つ土地です。

日本に誇る伝統産業の数々はもとより、明治以降、数多くのベンチャーの種子が目本全国からこの肥沃な土地において育ち、いまや世界有数の企業群を輩出しております。

ところが、十年来の不況の中で、現在京都経済に疲弊の色は隠せません。大手自動車メーカーの京都での工場の大幅縮小は大きな話題になりましたし、私が生まれ育った町でも老舗の大手呉服卸会社が倒産しておられます。

また最近の大手信用金庫の破綻がもたらす地元経済への影響についても予断を許さぬ状況にあるほか、学園都市京都から本拠を移す大学が増加するなど将来の人材育成や京都の気風の維持の観点からも由々しき問題と考えております。

最近でも多くのベンチャーの成功例はあるものの、30年、40年前に比べて、未来の京都経済、日本経済の牽引車となるべきベンチャー企業の存在感が希薄であるという印象を持つのは私ばかりではありません。

この停滞を打開し、かつての京都がそうであったようにこの地を再びベンチャーの拠点とするとともに、これまでこの地で新たな企業を育て、京都を京都たらしめてきた伝統産業の復興を目指します。

京都が持つ底知れぬ潜在力(ポテンシャル)が最大限に発揮される環境を整備し、京都から目本経済の再興を全国に広めていくことがこの地から国政を目指す私にとっての第一のつとめであると確信しております。

四つの「E」を抜本改革

第二には戦後型経済社会システムの抜本的な改革であります。

私は、経済問題(エコノミー)に加えて、環境問題(エコロジー)、エネルギー問題、教育問題(エデュケーション)の四つのEが今日の日本と世界の主要な問題であると考えております。

いかに経済が活性化されても、環境と経済の調和がとれない社会や人間性豊かな人格形成ができない社会、優れた人材が供給されない社会に明日はありません。

ともかくも経済が発展すればよいという戦後型経済システムを見直し、中長期的な経済の発展のためにも、環境・エネルギー問題の解決や、教育改革に全力を挙げて参ります。

その際、重要なことは、京都の進取の精神や強い独立心と誇りを生かし、京都から目本を変えていくとの発想を抱くことであります。

かつて日本で初めて電車を走らせた街、疎水を引いた都市、碁盤の目のすばらしい都市計画や美しく合理的な日本家屋を築いた文化、近代国家の市民の源流となる町衆文化の成熟、都市部と農村や自然が共存融和してきた京都府という土地。

できればこの地京都から、四つのEについての二十一世紀モデルを見いだして参りたいと思います。

民意を適切に反映した政治主導の意思決定システムの構築を!

第三には、行財政改革です。

この国の政策決定のスピードの遅さ、内容の不徹底の重要な原因が意思決定メカニズムにあることは、これまでの行政経験において痛感して参りました。

私は、かつて行政改革会議の事務方をつとめ、内閣機能の強化と中央省庁の再編案の策定して参りましたが、縦割りの官僚組織における責任の所在の不透明さは今や極めて深刻な状態にあります。

かつては有効に機能してきた、タテ割りで責任の所在のあいまいな官僚型ピラミッド機構を抜本的に見直し、民意を適切に反映した政治主導の意思決定システムを作り上げることが今ほど求められているときはありません。

行革会議の最終報告にも規定するとおり、今や公共政策が中央の官の独占物であった時代は終わりを告げ、中央の政治と行政、地方行政、NPO/NGOや民間企業も含めて幅広い主体がある時は連携し、ある時は健全に競争をしながら国民本位の公共政策を展開していくべき時代であります。

私は、国、地方ともどもの莫大な財政赤字を生み出した無責任体質を是正するためにも、京都も含めた日本経済を疲弊から回復するためにも、補助金や交付税の問題、税源移譲の問題などを含めて、国と地方の行政のあり方を根源から見直すべき時期が到来していると思っております。

このため、内閣機能の大幅な充実強化、霞が関の人材のオープン採用と併せて、道州制の検討と思い切った税制改革まで視野に入れた地方行財政改革が必要不可欠と考えており、これらの実現に全力を尽くして参ります。

私は、今後、二十年、三十年先を見据えつつ、以上申し述べました新たな時代の政策課題に全力を挙げて取り組みたいと考えております。

政治の世界においてはまだまだ未熟な全くの新人ではありますが、今後の人生を、京都、日本の未来づくりに賭けたいと思っております。                                       (2001年1月 まつい・こうじ)


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行政改革の理念と目標
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(「論座」11月号(朝日新聞社)に掲載)
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